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酪農経営の分析と改善の手法

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No1 統計を用いた経営分析統計分析は基本―しかし希望は見えるか?

酪農学園大学教授吉野宣彦

資材の価格高騰などにより酪農経営は「危機」に直面しています。生産者乳価を高めるなど流通面でのサポートは不可避です。では生産面において日々の営農と営農相談で何をすべきか?このことを4回に分けて示します。今回はネットでも入手できる公表統計で「危機」の性格と経営収支への影響を分析します。

1.「酪農危機」の性格

繰り返す「危機」
図には、いまの「危機」を長期的な視点で確認するための指標を示しました。
図中の赤ラインは生産者乳価に対する配合飼料価格の比率です。この価格比は乳価が低いまま飼料価格が高騰すると上昇し経営の利益は減少します。直近2年間で急上昇し2022年には90%超で過去最高でした。経営への影響は甚大です。ただし1975年から振り返ると価格比は何度も上昇し「危機」は繰り返したことを確認できます。

図 生乳生産条件の変化(全国、北海道、1975-2022)

図 生乳生産条件の変化(全国、北海道、1975-2022)

深まる「危機」
いまの飼料価格高騰は次の事情で深刻です。
第1に乳製品在庫の増加が飼料価格の高騰と同時進行したことです。このため生乳生産は抑制され、飼料価格高騰で減少した利益を規模拡大で補うことは出来ません。また過去を振り返ると乳製品在庫も繰り返し増加しました。
第2に消費が長期的に停滞したことです。2000年以降一人当たり年間消費は増加していません。飼料価格高騰を乳価に転嫁すると消費が減退し在庫が増えるリスクは避けられません。
第3に生産面で購入飼料への依存を深めたことです。図には北海道の搾乳牛に給与した飼料の自給率をTDN(可消化養分総量)で示しました。かつて80%あった自給率は近年50%を切りました。購入飼料に依存しその価格上昇の影響を受けやすい経営体質になっていました。
今後も「危機」は繰り返されさらに深刻化する想定で、営農を整える必要を感じます。

2.経営収支の推計

酪農生産資材費上昇の推計
2022年の経営収支の統計は未公表で、酪農資材費の動向という統計はもともとありません。従って最新の経営収支を知るには推計に推計を重ねる必要があります。確定値が公表済みの2020年を基準にまず酪農生産資材価格の上昇を推計し、これをもとに経営収支への影響を推計します。
表1には酪農の生産資材価格上昇を20年を100として示しました。22年で約124、23年で約130です。2年間で資材費は30%上昇したと想定して経営への影響を推計することになります。

表1 酪農生産資材の価格指数の簡易推計(2020年基準)

表1 酪農生産資材の価格指数の簡易推計(2020年基準)

○経営収支の推計方法
表2には基準2020年の経営収支実態と材料費増加時の推計値を示しました。農業経営費のうち資材高騰の影響を受ける材料費の増加率を10、20、30%の3段階としました。各段階の増加額を基準年の農業所得から差し引いて農業所得を推計しました。統計では搾乳牛頭数規模の階層別に影響を比較できます。

表2 搾乳牛頭数規模階層別の経営収支推計(北海道、2020年基準)

表2 搾乳牛頭数規模階層別の経営収支推計(北海道、2020年基準)

○基準2020年の実態
この時点で農業所得は大規模ほど大きくメリットがあったと言えます。ただし収益性は大規模ほど次の様に低下していました。例えば農業所得率は50頭未満で20%程でしたが、200頭以上では5.5%でした。大規模では同じ所得を得るには大量生産が必要でした。搾乳牛1頭当たり農業所得、労働1時間当たり農業所得も200頭以上で低下していました。この効率の低さは資材価格高騰の影響をより深刻にします。
○経営収支の推計結果
第1に規模の大きい階層で大きなダメージを受けます。農業所得は200頭以上では材料費10%増加時で赤字となり、30%増加時では6千万円を超えるマイナスです。100頭未満では物財費20%増加時でも黒字です。
第2に全ての規模階層でダメージは深刻です。物財費30%増加時で全階層の農業所得はほぼ無くなります。物財費20%増加時でも労働1時間当たり農業所得は全階層で北海道の現在の最低賃金920円を下回ります。
○スケールメリットの喪失
2020年までは大規模ほど所得が増える希望があり、規模拡大に多くの方がリスクを負いながら努力しました。国も「収益性」「収益力」の向上をうたい投資を勧めました。しかし資材価格の高騰でこのスケールメリットは失われました。
○希望の持てる経営分析を
今回は推計でした。事実を知るには最新統計の公表を2年ほど待つことになります。しかし対策はいま必要です。そしてこの規模階層別の平均データでは希望は見えません。
私たちは身近にあるデータを利用して直ちに経営分析し自ら対策を考える力を持てる時代にいます。
次回は北海道で広く使われているクミカンを用いて自由に組み替え集計して資材価格高騰の影響の事実に迫ります。