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酪農経営の分析と改善の手法

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No2 身近なデータを用いた経営分析-農協にあるクミカンデータなどを活用しよう。

酪農学園大学教授吉野宣彦

「危機」にある酪農家に対して、日々の営農相談で何ができるでしょうか? 今回は農家の個別データを利用した分析の概略を示します。担当者の工夫で応用していただければと思います。

1.収益性格差の激しさ

図1 経産牛頭数規模とクミカン農業所得の相関図(A農協、2020年、2022年、N=396戸)

図1 経産牛頭数規模とクミカン農業所得の相関図(A農協、2020年、2022年、N=396戸)

図1には、横軸に経産牛、縦軸にクミカン農業所得をとり、酪農専業地域A農協の400戸弱の分布を示しました。2年分(黒:2020年、赤:2022年)を表示したため見にくいですが、この間に所得が大きく低下した他に、次を指摘できます。
第1に同じ経産牛頭数でも収益性に激しい格差があります。例えば2022年で80頭程度の所得はマイナス20,000千円からプラス30,000千円まで分散しています。所得の低下額の差も大きく2022年でも高い所得を維持した農家が見られます。第2にこの格差は多くの農家で希望となり得ます。図には解説のためにA~Cで農家の位置を示しました。AやBの農家がもしDやCに向うならば、頭数が不変でも縮小しても所得は高まります。
この図はデジタル化が進む農協ではMicrosoft Excelで簡単に作れます。農家の氏名を表示し改善が緊急なケースも、逆にモデルになるケースも見い出せます。モデルにすべきDやCの農家には、クミカンを通さない取引を聞き取り正確を期す必要はあるでしょう。この図では支出には資金返済額はもちろん支払い利息も含めない点が重要です。所得が低い理由は借金ではなく、生産方法にあることがより明確になるはずです。
では図中ABからCDに向かう可能性はどう考えるべきでしょうか?

2.最高収益性階層の特徴(静態分析)

表1 収益性階層別に見た規模と収支(2022年)

表1 収益性階層別に見た規模と収支(2022年)

表1には、2022年データを収益性階層で区分して平均の規模や収支を示しました。この収益性階層はクミカン農業所得率を指標として、大きな順からソートして4分割しています。この指標では図1上で頭数規模の縮小もあり得るA→DやB→C方向の改善を強く意識しています。所得を高めるには頭数規模の縮小も選択肢に含めた柔軟な考えです。集計はMicrosoft Excelのピポットテーブル機能で可能です。表1にはa~dで階層間の差が明瞭な場合を示しています。検定により説得力を高める場合はフリーのアプリjamoviをダウンロードし、web上のマニュアルで学習すると無料で使えます。
表から最高収益性階層は、低収益性階層と比べて小さい面積・頭数・出荷乳量規模で、低い個体乳量です。放牧地が大きく、換算頭数当たりで大きな面積・小さい支出となり、低投入な飼養方法と言えます。小さい投資で大きな所得となるため、改善の可能性は高いと言えます。低収益性階層は逆に多投入な生産方法となっています。
ここで仮に頭数規模を変えずにA→Cへの改善を意識し、経産牛当たりクミカン農業所得を指標にして同様の表を作ると結果はやや異なります。最高収益性階層では支出は少ないが個体乳量は高く、未掲載の乳検データを加えると繁殖成績も良好です。この方向ではより多くの作業で高い成果が必要です。先のA→DやB→Cの方向も放牧が多く、飛び地が多い場合には難しくなります。地域と本人の能力やライフスタイルなど条件に合わせた指標で柔軟な分析が必要です。

3.収益性格差の形成経過(動態分析)

この格差を解消するには、まず格差が生じた経過を知る必要があります。動態分析は毎年のクミカンデータをExcelの各シートに蓄えておくとvlookup関数などで分析できます。
図2には、2004年からクミカン農業所得の推移を2022年の所得率階層ごとに示しました。近年の資材高騰の影響以外に次を指摘できます。第1に低収益性階層で所得が著しく低下し、この数年で収益性格差は拡大しました。第2に低収益性階層は2005年前後では所得が高く近年逆転しました。表1で確認した多投入な生産方法が現状にマッチしなくなったと思われます。
図示する余裕はありませんが表1の各項目について図2と同様に作成し、さらに意識調査を加えて分析すると低収益性階層では次の様に悪循環の増産を進めたと推察されます1)。もともと収益性が低く、所得増加のために個体乳量を上げ、関係機関のアドバイスを重視してきました。面積に先行して多頭化し、配合飼料を多給して乳牛の健康が悪化し、作業時間が増加し、作業を外注して外部にさらに依存し多投入化が進みました。努力の結果、外部への依存が進み、外部環境の影響を受けやすくなりました。悪循環の増産が収益性格差を拡大させた要因と言えます。
この悪循環からどう脱却するかが次のテーマとなります。

つぎを参照してください。
吉野宣彦(2020)中小規模酪農における収益性格差と経営者意識、共生社会における農と食
https://researchmap.jp/YoshinoYoshihiko/published_papers/31539609を参照下さい。

図2 クミカン農業所得率階層別に見た農業所得の推移

図2 クミカン農業所得率階層別に見た農業所得の推移