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酪農経営の分析と改善の手法

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No4 振り回されずに自分で考える酪農を

酪農学園大学教授吉野宣彦

第3回までは、資材価格高騰で多くの酪農家が「危機」にある中で、生産者が取り組むべきことを示しました。生産技術より経営管理を重視すべきという主張でした。自分で考え決定できる条件を関係者皆で作るため、最終回では経営管理のイメージを図示して解説します。

1.悪循環からの脱却イメージ

図1 悪循環からの脱却

図1 悪循環からの脱却

図1には、悪循環の増産と脱却をイメージにしました。いまAの位置にいる農家が危機にある時に何をすべきかを考える材料は、本人の過去の経験や社会的風潮です。OからAへ増産して所得を高めた経験をもとに延長してBへと増産することとなります。これが「悪循環の増産」です。ここで同じ地域の農家が楕円のように分布していると知ると、どうでしょうか。Aは地域の中でひどく非効率な生産方法で、このままの増産には大きなリスクを伴うと考えることができます。そしてCの様に同じ規模でも、またDの様に小規模でも高い所得となる可能性を知り、選択肢は広がります。資材価格高騰でスケールメリットが生じにくい今後は、CやDの方向は重要です。このやり方を調べて交流し学ぶことを選択できます。
この取り組みは酪農家のみでは難しいでしょう。忙しく見て回る時間がない場合には、育成牛を売って仕事を減らす必要があるかも知れません。生産方法で自分の失敗を認めることはプライドが妨げます。「守るべきプライドは過去の失敗か? 未来の成功か?」を考えてみましょう。既成概念が通じ難い現代は、失敗を重ねて成長する姿勢こそ必要な時代ではないでしょうか。
関係組織の方はAの方々へのサポートで大変でしょう。組織としてCやDの農家にも行き、Aとつなげる第三者の役割を重視してはいかがでしょうか。農協は分析(第2回図表参照)可能なデータを扱っているため、これを経営管理のサポートに活用することを組織として考えて頂きたいと思います。

2.バランス重視の経営管理イメージ

サポートに際して、酪農経営の管理について大枠を確認する必要があるでしょう。
図2には酪農経営の管理イメージを示しました。酪農技術の特徴は、太い矢印で示した迂回的生産です。農地で生産した飼料を、貯蔵して、混ぜ、仔牛を育てて、親牛に与えて、ようやく生乳が生産できます。この迂回的な生産の各工程間を調整する意思決定を細い矢印で示しました。図はイメージを明確にするため単純化しています。現実は、機械や労働力の利用、資材など外部との取引、とくに購入飼料による外部の土地利用が加わり、非常に複雑です。各工程間のバランスを取る意思決定をうまく積み重ねて生産は適切になります。意思決定の難しさは、以下の様に説明できます。

図2 バランス管理の重要性

図2 バランス管理の重要性

第1に、全体のバランスを取る難しさです。ある生産工程の問題や成果がその前後の工程と相殺し、また干渉し増幅します。特定の生産工程の成績が満点でも経営収支が最高となる保証はなく、各工程の成績がほどほどでも経営収支は最高となり得ます。例えば、仮に個体乳量が低くても、購入飼料費が少なければ経営収支は合います。また個体改良して泌乳能力の高い牛群になっても、飼料作物の収量や品質が向上しなければ、購入飼料費や診療費が増大して、経営収支は合いません。さらに天候による飼料生産や貯蔵での失敗が育成や搾乳牛の健康に影響して、のちに深刻なダメージに増幅し得ます。工程間を適切にバランス調整しなければなりません。
第2に、各工程の費用が曖昧なことです。飼料や乳牛など各工程の中間生産物は購入・販売でき、生産上の失敗を流通上の成功でカバーできます。しかし中間生産物の費用が不確かでは自給か購入かの判断は正確にできません。例えば購入飼料との比較に必要な各自の自給飼料の費用が曖昧では、購入のメリットは不確かです。また資材価格の変動予測を誤るリスクを背負います。
第3に、技術的な目標が定まりにくいことです。技術目標は個体乳量を高めることと考える方は多いでしょう。この目標は誰にとってもいつも正しいでしょうか? 第2回の分析では最高収益性グループの個体乳量は有意に低い結果でした。耕種農業では面積当たり収量を重視するのに、なぜ酪農では乳牛当たり収量を重視するのでしょうか? 管理面からは次の様に説明できます。図中で搾乳牛から生乳の工程は日々行われ結果を数値で速くフィードバックできます。このためとくに第三者はこの工程の改善に介入しやすくなります。1年以上の周期で改善可能な農地や自給飼料とバランスを取るより、購入飼料を利用した方が対応も成果も速く得られます。しかし地球上の限られた土地から多くの食料を生み出すことを農業の社会的役割と考えると、どうでしょうか。最初の農地と最後の生乳との関係が目標になります。技術目標は個々の農家で異なり、研究者も多様です1)
目標が多様で、意思決定の仕組みが複雑なため、迂回的なプロセスの仕組みは多様化し、生産方法は百人百様になります。外部への依存度も異なり、この差が価格高騰で収益性格差を広げました。価格条件の変動に耐えられる仕組みか否かをチェックすることも不可欠な経営管理でしょう。

3.地域で取り組む意思決定へのサポート

全体バランスを取る考えは、よい土・草・牛・人として共有されていますが、意思決定の材料のすべてはデータ化され共有されてはいません。数値データのみでバランスを取ることは無理です。AからCDに向かう適切な意思決定のために関係組織は少なくとも次の条件を整える必要があるでしょう。
第1に、データベースを作り簡易な経営分析を地域で行うことです。第2回で示した図表などを公開することは、この図1の様に自分の位置を確認する基本となります。さらにCやDの農家を見つけ出しその経過を示すことは希望を与えます。クミカンなどの業務データを常に経営改善に活かす体制を作ることは、小さな成果をたくさん生む基盤となるでしょう。
第2に、農家同士の交流を積極的に作ることです。データが十分でなく意思決定の複雑さを考えると第三者の介入に限界があります。当面のゴールにたどり着く具体的な方法は農家が直接交流して観察し、試行錯誤して自分に合った方法を見いだすことが近道でしょう。第三者はCやDなど当面のゴールとなる事例の経験を紹介し、交流を作ることを重視すべきでしょう。
第3に、生活と環境を重視して改善することです。悪循環の増産は家族や環境に対し健全でありません。成果に追われ多くの資材を使い、政治と経済に振り回され、大きなストレスに耐え続けることになります。家族の生活を守り環境負荷を下げ、循環させる本来の酪農の目的に立ち返る。データにし難いこの目的の優先が実は正解への近道かもしれません。そうしている人たちがいるのですから。

1)吉野宣彦(2014) 北海道酪農における単位面積当たり自給飼料生産乳量の変化とその要因、酪農学園大学紀要、39(1)