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風味のよい牛乳の生産を目指して

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No1 おいしい牛乳とは

北海道大学 大学院農学研究院 准教授三谷 朋弘

かれこれ10年近く前の話になりますが、平成29年(2017年)に学校給食乳で異味異臭事故が全国各地で発生し、大きな問題となりました。その後も散発的に学校給食乳の回収騒ぎは起き続けていますが、その源流である酪農家バルク乳レベルでも異味異臭による出荷停止という事例が全国的に発生しています。いきものであるウシが生産する生乳は農産物であり、工業製品ではないので風味が変化するのは当然です。ですが、その度を越した場合は異常風味と判断されてしまいます。本連載では、まずは「牛乳のおいしさ」、逆に残念ながら「おいしくない(異常風味)とされる牛乳」の特徴について紹介し、「おいしくない牛乳」の発生を防ぐためにその要因や対策方法について紹介していきます。この連載が、酪農家のみなさまにとって生乳の風味に関心を持っていただくきっかけになれば幸いです。

おいしい牛乳とは

どのような牛乳が「おいしい牛乳」といえるでしょうか。甘い、コクがある、香りが良い、後味がすっきりしている・・・でしょうか、あいまいで非常に難しい質問です。これに明確に答えられる方はいらっしゃらないと思います。なぜならば、「おいしさ」とは総合的で、非常にあいまいで、(牛乳では)定義のない、それを食す人それぞれの感覚だからです。とはいえ、いかなる食品においても「おいしさ」にまさる品質はなく、牛乳においても重要な品質です。
「おいしさ」を測定する方法に、人をものさしとして用いる官能評価試験があります。表1は、プロではない約70名の一般消費者を対象にして、乳牛の飼い方が異なる酪農家から集めた牛乳を用いて実施した官能評価試験結果のうち、「総合的な好み」に関して集計したものです。それによると、70名の平均としては放牧飼養の農家Aの評価が低く、トウモロコシサイレージを給与していた農家の評価が高い結果でした。
このような結果をみて「放牧牛乳」はおいしくない、とされてしまいがちですが、そのようなことは全くありません。確かに農家Aの牛乳は平均値が低く、好きでない(マイナスの点数)と評価する人が多いのは間違いないのですが、逆に好きと評価する人も同じくらいの割合でいます。なぜこのような結果になったかを明確に答えることは難しいですが、これまでの飲用経験、「放牧牛乳」にであった経験が影響していると考えています。いつも飲んでいる牛乳、飲み馴れた牛乳に近い牛乳を好む傾向にあるということです。
この実例が示すように、「おいしさ」とは実はあいまいなものです。どのような牛乳を「おいしい牛乳」とするかについては、個々人の嗜好性、文化的背景が強く関連すると考えています。

表1.異なる飼養条件下における酪農家の牛乳を用いた官能評価結果(総合的な好み)

表1.異なる飼養条件下における酪農家の牛乳を用いた官能評価結果(総合的な好み

風味変化と異常風味

細菌数や体細胞数などの「衛生的」品質と、乳脂肪や無脂乳固形分などの「成分的」品質は、酪農家にとっては収入(乳価)に直結する品質であり、かなり重要視されています。特に「衛生的」品質などは最低限、担保しなければいけない品質です。しかし、「おいしい牛乳」の定義が難しいからといって、「官能的(おいしさ)」品質を軽視していいわけではありません。
牛乳には数百種類の香り成分が含まれており、不快な成分も含めその複雑な構成が牛乳の風味を構成しています。学校給食乳での事故以降、業界内で牛乳の風味に関する異味異臭問題に関しては表現の強い異常風味ではなく風味変化と表現しようとなりました。しかし、これらは連続性があるものの別物であると考えています。
例を示す(図1)と、牛乳中の特定の物質が増加したとします。その濃度が低い場合は、感じられない、むしろおいしいと感じるとします。しかし、その物質の濃度がある程度の閾値を超えるとある人は何か変わったな程度、ある人にとっては不快だとなる濃度範囲があります。ここまでの範囲が風味変化の範囲で、上記の「放牧牛乳」に対する反応は風味変化の範囲と考えて良いと思います。
しかし、大多数の人が不快だと感じる閾値を超えるとこれは異常風味と判断されます。鈍感な大人と比較して、子供たちは風味の変化に敏感であり、閾値が低いとされています。したがって、上記の学校給食乳での異味異臭の問題は、風味変化(心理的や過度に反応してしまった)の範囲か異常風味の範囲であったのかの線引きが難しい事例です。しかし、いずれにしてもこのような問題が発生しないようにする準備は必要です。

図1.牛乳中に含まれる不快な物質が増加した場合の人の感じ方

図1.牛乳中に含まれる不快な物質が増加した場合の人の感じ方

異常風味について

表2は、アメリカの酪農科学会誌にShipeという方が1978年に生乳の異常風味についてまとめたものです。50年前のアメリカでも同様の問題が起きていたことも驚きですが、現在でもこの表が通用する、すなわち生乳の異常風味が全く解決されていないことが問題です。現在、異常風味の事故が起こった場合は大抵、「移行臭」、「脂肪分解臭」、「脂質酸化臭」のいずれか、もしくは併発が原因です。生乳の三大異常風味といえるかもしれません。次回以降は、これらの異常風味について詳しく解説していきます

表2.代表的な生乳の異常風味の種類と関連する表現

表2.代表的な生乳の異常風味の種類と関連する表現