風味のよい牛乳の生産を目指して
No4 移行臭 ~牛乳に臭いが移る?~
この連載も今回で最終回になります。今回は、最後の生乳の三大異常風味「移行臭」についてです。「牛乳は臭気を吸着しやすいので、臭いの強いものの近くに保管するのは避けましょう」とよく言われます。そのせいか、「移行臭」は牛舎の臭気などがバルクタンク内で保管している間に吸着したものとよく勘違いされています。ただし、密閉式バルクタンクが一般的になった中で、牛舎(ミルクルームも)内の臭気がタンク内の生乳に移行することはほぼありません。今回は、それぞれの移行臭がどのように発生するかについて解説していきます。
移行臭の移行ルート
「飼料臭」、「雑草臭」、「乳牛臭」、「牛舎臭」などが生乳の代表的な移行臭です。移行臭は「外環境から生乳に移行した臭気が原因となる異常風味」とされています。タンク内で吸着しないのならば、どのように発生するのでしょうか。基本的には、牛の呼吸器(肺)を介して、血液に流入し、乳へと移行するのがメインのルートです(図)。この臭気の移行はかなり早いことが実験で確かめられており、肺に直接臭気が吸収された場合(①のルート)には約15分程度で、一度反芻胃まで運ばれ、あい気(ゲップ経由)で肺に到達する場合でも約30分後には生乳中に異臭を感じたそうです。厳密には「乳牛臭」と一部の「牛舎臭」についてはメカニズムが異なるので移行臭ではありませんが、それぞれについて解説します。
図. 外環境(飼料)の臭気が牛乳に移行するルート

飼料臭
まずは、代表的な移行臭である飼料臭からです。さすがにニンニクや玉ねぎなど香りの強い食べ物を乳牛に給与していけないのは常識なので、現在ではこのような飼料に由来する飼料臭はありえないと思います。ただし、大丈夫だろう、という飼料でも発生した事例がいくつかありますので、その事例を紹介します。
まずは、「サイレージ臭」です。これは最も発生事例が多い飼料臭です。この異常風味は、短鎖脂肪酸である酪酸(単体でもかなり臭い)にエタノールが結合した酪酸エチルが原因物質で、これ単体ではパイナップル様の香りがします。
要因は不良発酵したサイレージの給与が最も多いです。発酵が進んだサイレージではエタノールと酪酸が多く生成されます。サイレージ臭はこれらの物質(もともと酪酸は反芻胃内でも生成)が反芻胃内で反応して発生します。基本的には、不良発酵したサイレージの乳牛への給与は避けるべきですが、どうしても給与せざるをえない場合は、呼気からの臭気の移行を避けるため搾乳直前(数時間前)の給与は避けるべきです。
「シナモン臭」という事例もありました。これは、ハルガヤという雑草で作成したサイレージが原因でした。ハルガヤは別名「スィートバーナルグラス」と呼ばれ甘い香りがする雑草で、原因物質は「クマリン」という成分でした。桜餅の葉に多く含まれる成分です。このサイレージの給与を中止したところ、問題は解決しました。ハルガヤは防除が非常に難しい強害雑草です。せっかく自給飼料を給与されていたのに、という点では残念な事例でした。
放牧をしたときの青草臭も飼料臭の一部かもしれません。ただし、こちらについては後程の牛臭と混同されている方が多いことと、日本人が特異的にこの風味を嫌いである可能性が高いので、異常風味ではなく異常風味の範疇と考えてよいと思います。
乳牛臭、牛舎臭
「乳牛臭」と一部の「牛舎臭」は、アセトンが原因物質で、口に含むと牛のような、苦味のような後味が残ることが特徴です。一部の飼料から移行する可能性はありますが、ほとんどのケースは乳牛の負の栄養状態が原因です。栄養状態が悪くなると蓄積脂肪が動員され、その脂肪が代謝される際にケトン体が生成されます。そのひとつがアセトンで、これが原因物質とされています。経験上ですが、これ単体で集荷拒否されるケースは稀で、他の異常風味と併発しているケースが多いと感じています。
薬品臭
他にも、ヨード(ディッピング剤)とp-クレゾール(糞に含まれる)が反応した際に生成される物質が原因の薬品臭の事例もありました。プレディッピング時のふき取り不足も考えられますが、汚い牛体(牛床?)にディッピング剤が反応したことが原因だと推察されています。
さいごに
生乳の異常風味は発生しないに越したことはありませんが、いざ発生した場合にはまずどの風味が原因かを正しく判断することが重要です。ここを間違ってしまうと初動を誤り、解決までに時間がかかります。ここまでに紹介した異常風味の原因と対処法をまとめておきます(表)ので、参考にしていただければ幸いです。
表. 代表的な生乳の異常風味の発生要因と対応策

最後になりますが、生乳の異常風味は、乳牛を取り巻く環境(牛舎環境、飼養環境)の変化に由来して乳牛が発した何かしらのシグナルと捉えるべきです。生乳の異常風味についてはいざ発生すると集乳拒否や最悪のケースは製品の回収騒ぎとなり大問題となってしまいます。発生してから対処するのではなく、普段から乳牛を健全に飼養することが最も効果的な対応策だと考えています。


