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良質乳生産に向けた乳房炎コントロール

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No2 乳房炎の定義について

酪農学園大学教授 農食環境学群 循環農学類 教授菊 佳男

はじめに

乳房炎には、乳汁中にブツ(凝集塊)が現れたり、乳房が腫れたり、全身の発熱を伴ったり、目に見える異常を示す「臨床型乳房炎」と、体細胞数やPLテスト、細菌検査によって見つかる「潜在性乳房炎」に分類されます。また、症状が突然現れる「甚急性あるいは急性乳房炎」と症状がなかなか改善しない「慢性乳房炎」、原因菌によって分類される「伝染性乳房炎」と「環境性乳房炎」など、呼び名が様々存在します。現在、世界各国の酪農に関わる研究者や獣医師、コンサルタントは、乳房炎や乳房の健康状態についての大量のデータを収集、処理、分析していますが、微生物学的検査や体細胞数計測技術の多様化により、科学的にも実用的にも乳房炎や乳房内感染を定義することが難しくなってきました。そこで酪農乳業界により創設された国際組織である国際酪農連盟(International Dairy Federation : IDF)では、科学論文と専門家の意見に基づいて、臨床型および潜在性乳房炎の新規症例および治癒についての明確な定義を提供することを目的に、ガイドライン策定を進めています。
これによって、世界共通の乳房炎の定義が利用可能となれば、乳房炎の有病率や発生率の信頼性の向上、また予防あるいは治療後の新規感染率や治癒率評価の精度向上に繋がると考えられます。加えて、それによってデータの国内外比較も容易になることが期待できます。

乳房炎の定義と感染経過

IDFでは「乳房炎関連データの表示に関する推奨事項」と「乳房炎用語の解釈の提案」を無料で公開しています[引用1、2]。

表1 乳房炎の定義

表1 乳房炎の定義

これらには、乳房炎の始まりである乳房内感染、症状を示す臨床型乳房炎、症状を示さない潜在性乳房炎、そして感染が継続する慢性乳房炎についての定義が含まれています。この定義は、現在世界中で乳房炎を評価する標準的なものとなります。
乳房炎の発症および回復は、細菌感染から始まり、炎症を経て、臨床型および細菌学的な治癒または非治癒に至るまで、さまざまな段階で説明することができます。

図1 感染から回復までの乳房内の変化のイメージ

図1 感染から回復までの乳房内の変化のイメージ

図1に示された細菌感染と炎症反応が重なる部分は菌数も体細胞数も高値となるため、乳房炎が最もよく診断される時期と考えられます。また、乳房内感染から乳房炎の治癒あるいは慢性化に至るまでの時間経過と病原体の活動および宿主(牛側)の生体反応をフェーズ1から7に区分けすることができます。

表2 乳房炎の成り立ちとフェーズ

表2 乳房炎の成り立ちとフェーズ

乳房炎のフェーズとそれに対応する検査手法

乳房炎の進行過程をフェーズに分類することによって、各フェーズに対応した検査手法が考えられます。

表3 乳房炎の各フェーズとそれに対応する検査手法

表3 乳房炎の各フェーズとそれに対応する検査手法

これまで一般的に行われていた細菌学的検査(菌種同定、菌数測定)や体細胞数測定等の検査手法に加えて、近年では搾乳機器用センサーや種別体細胞数測定技術の開発が進んでおり、それらを乳房炎検査に利用することが考えられています。搾乳機器用センサーでは、電気伝導度やLDH(乳酸脱水素酵素)値の測定が行われ、それによって乳房炎の判定が行われます。また、種別体細胞数測定技術では体細胞中の細胞種を分類することによって炎症状態を評価します[引用3]。体細胞は免疫細胞である白血球によって大部分が構成されますが、白血球は好中球やリンパ球、マクロファージと呼ばれる細胞に分類されます。これら3種類の細胞は炎症の進行程度によって活躍する時期が異なっており、例えば、感染初期(急性期)では好中球の割合が増加しますし、健康時や感染終了時にはマクロファージの割合が増えることがわかっています。この特性を利用して、乳房内感染の進行状況を推定することが可能となります。
これらの手法を用いたフェーズ分類は、乳房炎の初期なのか収束時期なのかの判断に用いられ、乳房炎の発生予測や治療の要否の判断に役立つと考えられます。

乳房炎の治癒に関する考え方

近年IDFでは、乳房炎の状況に合わせた治療後の治癒と自然治癒の定義について議論されています。①乳房内感染の治癒:治療あるいは自然回復後、乳汁中に細菌が存在しないこと。但し、乳汁採取法と診断手順を統一する必要がある。②潜在性乳房炎の治癒:潜在性乳房炎と判断した体細胞数等の炎症性指標の基準がカットオフ値以下に維持されること。但し、利用した炎症性指標によってそれぞれの観察期間を設ける必要がある。③臨床型乳房炎の治癒:局所および全身症状がなく、正常乳汁が観察できること。但し、治癒判定の7日後に再度検査を行う必要がある。また判定8日以降に発症した場合は別症例とすること。④慢性乳房炎の治癒:症状がなく炎症性指標がカットオフ値以下に回復すること。但し、臨床型乳房炎の治癒の定義の2倍の期間を観察する必要があるなど、観察期間について議論されています。
全ての症例がこれらの基準に合致するとは限りませんが、基準を設けることにより、生乳出荷時期や治療終了時期、薬剤利用の要否等の判断につながり、乳房炎に対する取り組みが行いやすくなると考えられます。

乳房炎の基準を明確化する

乳房炎には様々な症状がありますが、乳房炎の判断基準や検査・診断方法も数多く存在します。そのような中、世界中の乳房炎関係者によって、様々な条件の検体を用いて乳房炎対策が行われていますが、情報が膨大でデータの解釈が複雑化してしまっています。関係者の皆さんのゴールは、牛群管理であれ、研究目的であれ、乳房炎の撲滅や低減、コントロールだと思います。そのためには、最終的に実用性が向上するような乳房炎の基準を明確化することが必要と考えられます。

引用文献
[1]IDF, 1997, Bulletin of the IDF N° 321/1997 - Recommendations for Presentation of Mastitis-Related Data - Guidelines for Evaluation of the Milking Process.
[2]IDF, 2011, Bulletin of the IDF N° 448/ 2011: Suggested Interpretation of Mastitis Terminology.
[3]小板英次郎、國川尚子、中野まどか、2022、体細胞種別判定の活用法に関する調査報告、北畜草会報、10:63-70.