酪農の担い手問題
北宗谷農協(本所・宗谷管内豊富町)
地域特性生かし初期投資額を大幅削減
北宗谷農協は地域の市町と一体となり、新規就農者の確保に向けて、全道トップレベルの手厚い支援体制を整えている。農地取得にかかる費用が極めて安いことも加わり、就農希望者は初期投資額を大幅に削減できる。地域の特性を最大限の「武器」とし、担い手確保に着実な成果を上げている。
日本最北端の宗谷管内は、夏場でも最高気温が30℃を下回る冷涼な気候に恵まれ、酪農を基幹産業として発展してきた。
地域の特長として挙げられるのは、全道で最も農地が安いということだ。北海道農業会議によると、平成27年の中畑(収量水準や生産条件が平均的な畑)平均価格は10a当たり3万3000円。全道平均の12万7000円のわずか4分の1程度で、釧路(5万2000円)や根室(5万1000円)などの酪農主産地と比較しても圧倒的に安い。
表1 北海道の平成27年の農地(中畑)平均価格
注:中畑=収量水準や生産条件が平均的な畑
地域では、このメリットを生かし、新規就農者の確保に努めている。中でも、管内最大の出荷乳量を誇る北宗谷農協(平成27年度実績10万6778トン)は、地元市町と協力して全道トップレベルの手厚い支援体制を構築。就農希望者が初期投資額を最大限に抑制できる環境を整え、酪農基盤の維持・拡大につなげている。
手厚い支援で差別化
北宗谷農協の新規就農者が受けることができる支援は、①年間100万円の奨励金(5年間)、②農場リース事業などの貸付期間にかかる賃借料の半額以内を補助(最長5年間)、③固定資産税相当額を3年間交付、④家畜導入に向けて借入した農業関係制度資金を5分の1以内で補助―など。
表2 北宗谷農協・豊富町・稚内市の主な支援内容
北斗星
支援内容は就農先(豊富町か稚内市)によって異なるものの、「全道的にもかなり手厚いレベル」(稚内市の酪農関係者)で、新規就農者の初期投資額を大幅に圧縮することが可能だ。
北宗谷農協は、平成18年に研修宿泊施設「北斗星」も豊富町に設置している。計9室はベッドや冷蔵庫、洗濯機、電子レンジ、炊飯器、食器などのほか、バス・トイレも備え、就農希望者が安心して研修に専念できる体制を整えている。
同農協は、こうした取り組みに至った背景について「離農や担い手不足が問題となっているため、多くの地域が新規就農者への支援に力を入れている。この中で酪農に関心ある人の注目を集めるには、手厚い支援内容で差別化を図る必要があると判断した。宗谷管内はもともと農地が安いため、支援の活用と合わせて初期コストを抑えることができれば、新規就農者にとっては大きなメリットとなる」と強調する。
農業学園で酪農講座
北宗谷農協の新規就農者は、最大で2年間の就農研修を受けることが決まっている。地域の指導農業士(担い手の育成に強い熱意と指導性があり、地域のリーダーとして活躍が期待される農業者)など、ベテラン農家の下で酪農を学ぶため、実践的な飼養管理技術を身につけることができる。
研修期間中は、月額20万円(青年就農給付金を受給する場合などは15万円)の研修手当も保証される。過不足ない生活を送りながら、新規就農に向けた準備資金を貯蓄できる金額を設定した。
同農協は「指導農業士を務める酪農生産者らは、これまで研修生を何人も受け入れた大ベテラン。安心して担い手の育成を任せられる。研修手当は、農協や地域で支払い金額の4分の3を補助し、指導農業士の金銭的負担を可能な限り軽減している」と説明する。
同農協は就農希望者の技術と知識の向上に向けて、平成23年から「北宗谷農業学園Gree”N”Grass」も立ち上げた。受講期間は2年間で、「乳牛飼養コース」と「酪農情報コース」を毎年交互に開催する。農協の仕組み・役割などの基礎知識から、飼料設計や乳牛の疾病を始めとした専門的な内容まで、幅広い分野の講座を開いている。
表3 Gree”N”Grassの講座内容
北宗谷農協は「Gree”N”Grassという名称には、緑色の牧草地や『北』宗谷の『North』などの意味が込められている。地域の酪農後継者も多数参加しており、外部からやってきた就農希望者にとっては、同世代の仲間と交流を深める貴重な機会にもなっている」と話す。
就農コストを大幅削減
北宗谷農協が本所を置く豊富町では、昨年11月に1組の夫婦が新規就農を果たした。千葉県出身の石原拓(ひろむ)さん(34歳)と、和歌山県出身の千仁(ちひろ)さん(28歳)夫妻だ。
二人は酪農に強い興味を抱いていたこともあり、豊富町でそれぞれ酪農実習生や牧場スタッフとして働いていたが、平成26年に結婚。一緒に新規就農を目指し、同町に根を下ろすことを決めた。
石原さんの牧場の搾乳牛頭数は、現在48頭。牧草地60haを活用して放牧酪農に取り組んでおり、営農1年目の出荷乳量は約400トンにのぼる見込みだ。
新規就農にかかった総事業費は、約1億2000万円。離農者の牧場を引き継ぎ、牛舎やパイプラインミルカーなどの施設改修を行ったほか、乳牛も新たに導入した。宗谷管内は農地が全道で最も安いため、初期投資額は一定程度抑えられたものの、その負担は決して軽いものではなかった。
しかし、石原さん夫妻は北海道農業公社の農場リース事業などと合わせ、農協や町の手厚い支援を活用し、就農コストを圧縮。
「投資額を大幅に削減できたのは非常にありがたい。今後は知識や技術の向上に努めながら、経営の安定化を図っていきたい」と意気込んでいる。
石原拓さん
石原拓さんの牧場
地域特性最大限に生かす
北宗谷農協が豊富町、沼川の両農協の合併で平成21年に誕生してから、これまでに7戸の酪農生産者が新規就農を果たしてきた。今年度は新たに3戸が11月から搾乳を開始する予定で、同農協や地域の担い手対策は着々と成果を上げつつある。
ただ、改善すべき課題も残っている。農業改良普及センターを始めとした関係機関と一丸となり、新規就農者のサポートに向けた万全の体制を整える必要があるという。農業人フェアなどへの参加を通し、就農希望者の効果的な誘致方法を考えるのも急務だ。
同農協は「インターネットなどで募集するだけでは、新規就農者はやってこない。こちらから積極的にPRしていくことが重要だ。例えば、当農協は農地が安いため、放牧主体の草地型酪農をやりやすいというのも大きなメリットの一つ。酪農基盤の維持・拡大を図っていくためにも、地域の特性を最大限に生かしながら、担い手の確保に努めていきたい」と話している。