Gloabal site

お問い合わせ

酪農経営お役立ち情報

「土・草・牛」を考える

印刷する

No1「酪農家のための草づくり講座」
草づくりは何のため?―草から乳生産してますか―

酪農学園大学名誉教授松中照夫

昨年の「土づくり講座」につづき、今年は「酪農家のための草づくり講座」を始めます。酪農場のいろいろな飼料の中でも、とくに草に絞って4回にわたり連載します。初回は、酪農の神様と慕われた町村敬貴がとなえた「土づくり、草づくり、牛づくり」の意図を思い返し、草づくりの目的が何であったかを再確認したいと思います。

「土づくり、草づくり、牛づくり」の目指すもの

町村が自分の農場の泥炭からできた土の改良、すなわち、土づくりに取り組んだのは、高栄養牧草であるアルファルファを生産したいためでした。そして、この高栄養牧草から高い乳生産を実現できるように乳牛の改良にも心がけたのです。このように「土づくり、草づくり、牛づくり」は、それぞれが密接につながっています。町村は、あくまでも自分の土地で生産した草を牛に給与し、そのことで乳生産することに誇りを持つ酪農を目指したのです。

ニュージーランドでびっくりしたこと

この町村の時代からずっと、わが国の乳量は、基本的に経産牛1頭当たりの乳量(個体乳量)から考えられてきました。
ところが、20年ほど前、初めてニュージーランドを訪問した時、びっくりしたことがあります。それはニュージーランド北島のパーマストンノース近郊にあるホームさんの酪農場を訪問した時です。450頭くらいの乳牛を通年放牧で飼養しているとのこと。そのため牛舎は不要で、施設は50頭くらいが入るロータリーパーラーだけでした。そこで一人で搾乳作業をされていました。
私がこの酪農場の個体乳量はどれくらいですかとお聞きしたら、そんなことは分からないというのです。ニュージーランドでの乳生産は、土地面積当たりのミルクソリッド(乳タンパク質と乳脂肪の合計値)で評価するのが一般的です。だから、個体乳量を意識していないのです。放牧草地からミルクソリッドをどれだけ生産するか、そのために草をどのように牛に採食させるか、それだけに関心を寄せるとのことでした。
お聞きした1ha当たりのミルクソリッド量から生乳中の平均的なミルクソリッドの値を参考にして個体乳量に換算すると、およそ4,800kgとなりました。現在の北海道の平均的な個体乳量は8,500kgくらいですから、ニュージーランドの個体乳量よりはるかに高水準だといえます。

濃厚飼料が個体乳量を増加させた

では、なぜわが国の個体乳量がこんなに高い水準になっているのでしょうか。結論からいえば、購入濃厚飼料が多給されているからです。
図1を見て下さい。1975年以降、北海道では草地1ha当たりの飼養乳牛頭数はほぼ一定で、生草収量も大きくは変化していません。つまり、乳牛1頭当たりの牧草生産量に大きな変化がないのです。ところが、個体乳量は明らかに増加し、それは濃厚飼料の給与量の増加とぴったりと一致しています。高泌乳化は、濃厚飼料の多給で実現されてきたのです。

図1 北海道の生草収量、ha当たり乳牛頭数、経産牛1頭当たり乳量および濃厚飼料給与量の経年推移
(濃厚飼料給与量は家畜改良事業団、それ以外は農水省のデータから作図)

図1 北海道の生草収量、ha当たり乳牛頭数、経産牛1頭当たり乳量および濃厚飼料給与量の経年推移<br>(濃厚飼料給与量は家畜改良事業団、それ以外は農水省のデータから作図)

濃厚飼料の給与量の増加は飼料自給率を低下させる

図2を見ていただくと、北海道と都府県の個体乳量は、ほぼ同じ水準で経年的に増加してきたことがわかります。ところが、単位面積当たりの飼養乳牛頭数が多い都府県では、乳牛1頭当たりの自給飼料確保量が北海道より少なくなりますので、北海道と同程度の個体乳量を維持するには、濃厚飼料の給与量を増やさなければなりません。その結果、都府県の飼料自給率は北海道より常に40%ほど低くなっているのです。
しかし図2が示す重要なことは、北海道でも都府県でも、個体乳量の向上は飼料自給率の低下によって実現されているという事実です。これはなぜなのでしょうか。

図2 北海道と都府県の経産牛1頭当たり乳量と飼料自給率の経年推移
(農水省のデータから作図)

図2 北海道と都府県の経産牛1頭当たり乳量と飼料自給率の経年推移(農水省のデータから作図)

乳牛が食べられる量には上限がある

乳牛の胃袋は一定の大きさがありますから、満腹になるまでの乾物摂取量(飽食量)にはおのずと上限があります。その一方で高泌乳を実現するには、それにふさわしい泌乳のための栄養分を牛が摂取しなければなりません。飽食量がある程度決まっているなら、食べる飼料に含まれる可消化養分総量(TDN)が高いほど、多量の栄養分を摂取できます。したがって、高泌乳にふさわしい高栄養を摂取させるには、TDN含量の高い購入濃厚飼料の給与割合を高めるのが近道なのです。
ところがその結果、TDN含量が相対的に低い粗飼料である草サイレージなどの自給飼料の摂取割合は低下します。つまり、濃厚飼料を多給するほど、飼料自給率が低下するのです。

乳牛の改良目標が個体乳量の向上だった

これまで、わが国では個体乳量の増加を目標とした乳牛改良が進められてきました。そのため、個体乳量で1万kgを超えるような高泌乳牛が高い評価を受けています。しかし、このような高泌乳牛に草などの粗飼料を中心とする飼料給与条件で飼養すると、飽食しても摂取できる栄養分が少ないので、泌乳のために要求される栄養分量を満たせません。その結果、乳牛の負担が大きくなり、乳牛の健康に悪影響が出ます。
自給飼料である草で乳生産を高めていくには、高泌乳牛へ改良していくのではなく、粗飼料から効率良く乳生産できるニュージーランドのような牛づくりに方針転換する必要があると思うのです。

草づくりの目的は何?

現在の「土づくり、草づくり、牛づくり」は単なるかけ声だけで、町村が意図したことが十分に受け継がれているとは思えません。牛づくりが濃厚飼料に依存した高泌乳化路線で続く限り、草づくりへの関心がうすれるのは当然でしょう。その関心のうすさが、草地に地下茎型牧草の侵入を許し、草地を雑草化させてしまうという結果をもたらしているのでしょう。
草づくりの目的は、町村が目指したように、自前の土地から高栄養の自給飼料を生産し、それを乳牛に給与して、それにふさわしい乳生産を実現することにあります。そのためには、自給飼料を基礎飼料とし、補助飼料に濃厚飼料を位置づける酪農を取り戻す必要があります。北海道での目安の一つとして、例えば草サイレージとトウモロコシサイレージから乾物として等量摂取させ、濃厚飼料は乳量の20%を給与するという飼養条件が提案されています(中辻、2010)。この条件だと、飼料自給率70%、個体乳量8,900kg、飼養頭数はha 当たり1.8頭という酪農が実現できるとされています。
草づくりの本来の意味をふまえ、来月から具体的な草づくりの技術情報をご紹介します。