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「土・草・牛」を考える

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No1「酪農家のための牛づくり講座」
丈夫な子牛を育てるには

帯広畜産大学 准教授川島千帆

安定した酪農経営には安定した乳生産と繁殖サイクルが不可欠です。そのためには牛の健康に気を配り、病気に罹りにくい牛を育てる飼育管理や病気にさせない予防的な飼育管理のポイントを押さえることが重要です。本シリーズでは牛の発育ステージ別に4回の連載を通して、健康な乳牛飼育の留意点について考えます。

丈夫な子牛を得る2つのポイント

子牛の重要な飼育管理ポイントといえば、初乳給与を思い浮かべる方が多いと思います。清潔で十分な抗体を含む初乳を飲ませることはとても重要です。しかし、それだけでは丈夫な子牛の条件を満たせません。しっかり栄養を吸収できる力や初乳から受け取った抗体の効果がなくなった後の子牛自身の免疫力、乳牛の仕事(分娩と泌乳の繰り返し)に適切な体作りは、胎子期、つまり母牛の栄養状態が影響しています。丈夫な子牛を得るためには「初乳給与」と「母牛の飼育管理」をいかに適切に行うかが鍵になります。

出生後の病気を防ぐには初乳の抗体が不可欠

人と違って牛は胎盤を通して胎子に抗体を与えることができません。そのため、生まれてすぐの子牛は病気と戦うための抗体を持っていません。そこで重要になるのが初乳です。初乳には母牛の抗体が含まれており、それを摂取することで、子牛自身の免疫力が高まるまで、病気から守ってくれます。ただ、子牛が初乳から抗体を吸収できる能力は出生後の時間の経過とともに低下し、24時間でほぼ消失します。推奨される初乳給与方法は、科学の発展とともに変化していますが、現在の目安としては、出生後16時間以内に3Lを2回、もしも1回につき2Lしか飲めていなければ、24時間以内にさらにもう1回という給与方法です。ただし、子牛の状態や初乳の質、環境(寒冷・暑熱等)も考慮する必要があります。
生まれてすぐの横たわった状態では、胃の中に羊水が入っていることがあります。その状態で初乳を与えると薄まってしまい、十分な量の抗体を吸収できません。また、頭を上げられないうちに与えると誤嚥性肺炎を引き起こすリスクが高まります。1回目の給与のタイミングは、立とうとする行動を見せた時です。正常な子牛は出生後3時間以内に立とうとします。この行動を目安に1回目(3L)、半日後に2回目(3L)の給与を行うと必要な初乳量を摂取できます。1回に2L給与の農場では3Lも飲めるのかと疑問に思われるかもしれませんが、ホルスタイン種より体の小さい黒毛和種子牛に好きなだけ初乳を飲ませると平均3.3L飲んだという報告があります。もちろん、子牛の出生時体重が極端に小さい場合は別ですが、給与量の目安と捉えてください。

母牛の初乳と初乳製剤の違い

初乳に含まれている抗体は、母牛がこれまでに戦ってきた病気が反映されています。つまり、その農場でよく起きる病気に効果のある抗体が多く含まれているということです。市販の初乳製剤には安定した量の様々な抗体が含まれており、広い範囲で病気を防ぐことに適していますが、各農場の特異的な病気に対しては、その農場の母牛の初乳には敵いません。しかし、比重の低い初乳は抗体量が少なく、十分な量を給与しても子牛は必要な抗体量を吸収できない可能性があります。また、乳房炎や血乳の場合も抗体やその他の成分が不足する可能性が高く、子牛に与えることはできません。その場合は、同じ牛群の他の母牛の初乳を給与します。
多くの農場では、比重の高い初乳を冷凍保存していると思います。保存形態は厚みのあるペットボトルよりもジップロックの方が凍結・解凍に適しています。また、解凍は抗体の機能を損なわないように水やぬるま湯に浸けることが推奨されています。しかし、解凍していると最後に写真のような氷の塊が残り、時間がかかる経験をされたことがあると思います。筆者は「この氷の抗体含量が少なければ取り除いて良いのでは?むしろ抗体の多い初乳になるのではないか?」と考え、この氷を調べたところ抗体含量が低いことがわかりました。さらに、様々なタイミングで氷を取り除いて調べたところ、7割程度解凍したところで氷を取り除くと、元の初乳よりも1割高い抗体を含む初乳になることがわかりました(図1)。もちろん、適切な比重(1.045以上)の初乳を給与することが1番ですので、この方法は最終手段と考えてください。

写真 約7割解凍時の初乳に残っている氷の様子(左)と取り除いた氷(右)

写真 約7割解凍時の初乳に残っている氷の様子(左)と取り除いた氷(右)

図1 約7割解凍中の初乳から氷を取り除いた時の初乳中IgG濃度の変化
(エラーバーは標準誤差)

図1 約7割解凍中の初乳から氷を取り除いた時の初乳中IgG濃度の変化
(エラーバーは標準誤差)

乳牛は泌乳しながら妊娠する稀な動物

乳牛の妊娠期間は約280日間、乾乳期間は40~60日間ですので、妊娠期間の3/4以上は泌乳しています。胎子がもっとも成長するのは分娩最後の1か月間で、この時期の母牛の太りすぎや痩せすぎは、難産や分娩後の疾病発生、乳量低下につながることは広く知られています(詳細は連載4回目で触れる予定です)。そのため、多くの農場ではこの時期の飼育管理に気を配っていると思います。しかし、子牛に影響を及ぼすのはこの時期だけではありません。胎子の成長を支える胎盤は妊娠初期~中期に発達するため、この時の母牛の栄養状態も同じくらい重要です。乳牛は妊娠しても高い乳生産を続ける稀な動物です。妊娠初期~中期も高い乳量を維持しており、給与される飼料は乳量を軸に考えられています。この時期の胎子の成長スピードは遅いため、飼料設計では妊娠の有無を考慮していませんが、最近の研究から、乳量が多い時の妊娠はその子牛の将来に渡って影響を及ぼす可能性がでてきています。

妊娠初期~中期の母牛の栄養は子牛の将来の免疫・体質・繁殖に影響する

2~4週齢から子牛自身の免疫が機能し始めます。それを担うのが胸腺です。胸腺は胎子期(4か月目)に形成され、出生後10~15か月齢まで発達します。そのため、母牛の栄養状態が悪いと胸腺の発達が悪く、免疫力の低い子牛になります。
妊娠初期に低タンパク質飼料を給与された母牛から生まれた子牛は、太りやすい体質になります。乳牛に低タンパク質飼料を意図的に給与することはないと思いますが、低エネルギーの時はタンパク質をエネルギーとして利用するため、結果的にタンパク質不足になることがあります。太りやすい体質になると分娩前に太り、分娩後にケトーシスになるリスクが高くなります。
妊娠初期~中期の母牛の低栄養状態は、雌子牛の卵巣機能にも悪影響を及ぼす可能性があります。卵子の数は胎子期(4か月目)に最大になり、その後は減る一方です。そのため、母牛が低栄養状態だと卵子数の増加が抑えられ、卵子のストックが少ない牛になります。高泌乳牛は妊娠4か月目でも乳量が多いため、その雌子牛の卵子数が少なくなり、このサイクルの繰り返しが、高泌乳牛の繁殖成績低下の一因になっているのかもしれません。