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No4「酪農家のための牛づくり講座」
移行期の管理 - 分娩前後の栄養状態と安全な分娩・産後 -

帯広畜産大学 准教授川島千帆

負のエネルギーバランス(NEB)は乳生産に必要なエネルギーに比べて、飼料からの摂取エネルギーが不足することを指します。多くの乳牛が経験するものですが、体脂肪を使いながら採食量が徐々に増えることで克服します。しかし過度になると、疾病や乳量低下、空胎日数延長などの問題を引き起こします。今回は、過度なNEBにならないように移行期の乳牛への理解を深めていきたいと思います。

移行期とは?

本題に入る前によく耳にする分娩前後の呼び方について整理します。移行期・周産期・産褥期、全て分娩前後の期間を表す言葉ですが、それぞれいつの期間を指すのでしょうか?諸説ありますが、周産期は分娩前後1ヶ月間、移行期は分娩前後3週間、産褥期は分娩後3週間を指します。また、乾乳後期は分娩前3週間を指すことが多いです。つまり、移行期は周産期の中で栄養管理が最も難しい乾乳後期~産褥期になります。

避けることができない乳牛の分娩前後の変化

基本的に乳牛は毎日同じ行動をすることに安心感を覚えます。いつも一緒に暮らす牛がいる(繋ぎ牛舎の場合は両隣がいつも同じ顔触れ)、いつも同じ時間に搾乳する、エサをくれる、除糞やベッドメイキングしてくれる…。搾乳期間の約1年間はこのような生活を送ることができますが、周産期、その中でも特に移行期には牛を取り巻く環境・状況は(牛にとって)目まぐるしく変化します。
分娩前に必ず起こる生理的な変化は次の7つです。

  • 乾乳後の乳腺細胞の退行
  • 乾乳牛用のエサへの切り替わりによるルーメン微生物叢・絨毛の変化
  • 分娩前最後の1ヶ月間の胎子の急成長(体重は1.5~2倍増)
  • 胎子の物理的な圧迫で採食量低下
  • 胎子への栄養供給を促すための代謝の変化
  • 分娩2~3週前からの乳腺細胞の更新
  • 分娩1~2週前からの初乳分泌

さらに管理上の都合で、搾乳舎から乾乳前期牛舎、乾乳後期牛舎、分娩房、搾乳牛舎と移動を余儀なくされることもあります。乾乳牛は搾乳がないので、食べて寝ているだけに見られがちですが、実は体の中でこのような大きな変化があるのです。分娩自体も多大なストレスですが、生理的にも環境的にも負担をかけていることを忘れずに、できる限り快適に過ごせるようにすることが飼育者の務めだと思います。

過度なNEBと分娩後の問題

様々な変化の中で、特に胎子の急成長により物理的に採食量が落ちる一方で、胎子により多くの栄養を供給しなくてはならないことは、妊娠牛にとって大きな課題です。そこで、妊娠牛は通常の代謝(同化:食べた分だけ身になる)から胎子を支える代謝(異化:食べても身になりにくい)に変化します。そして、分娩を迎えて乳生産が始まると通常の代謝に戻る…と良いのですが、分娩直後から乳量のピークに向けた乳量増加は著しく、食べても身になりにくい代謝を維持し、乳腺により多くの栄養を供給します。そのため、一刻も早く低下した採食量を回復させ、さらに早い時期に最大に持って行く必要があります。しかし、採食量が最大になるのは分娩後約10週目、一方で乳量のピークは分娩後5~6週目ですので、この時期は必然的にNEBになります。
NEBが過度になるとより多くの体脂肪を使いますが、うまくエネルギーに変換されないと脂肪肝やケトーシスになります。また、分娩後の採食量回復が遅く、粗飼料をしっかり食い込めないまま濃厚飼料が多い搾乳牛用のエサを食べると第四胃変位やルーメンアシドーシスを引き起こし、ルーメンアシドーシスでルーメン内微生物が死滅すると蹄病につながります。さらに、過度なNEBの時は繁殖機能の回復が遅延し、発情回帰が遅れて、受胎率低下や空胎日数の延長につながります。

過度なNEBにさせないために

過度なNEBにさせないためには、乾乳期に栄養要求量に見合ったエサを給与するだけでなく、できるだけルーメンが小さくならないように粗飼料をしっかり食い込ませることが重要です。乾乳期にしっかり食い込めると、分娩直後の乳熱や低カルシウム血症の予防にもつながります。しかし、分娩前の生理的な変化は避けられません。そのため、妊娠牛にとっての「快適」を知るべきです。乾乳牛にとって適切な飼育環境で行動を調査した研究があります。その結果、1日にエサを食べる時間は80~100分、食べる回数は8~10回、水を飲む時間は4~6分、水を飲む回数は4~8回だったそうです。そして採食や飲水時も含めて立っている時間は約12時間、寝起きの回数は約12回、寝ている時間は約12時間でした。
これらを満たせているか判断する指標の1つは、第3回で解説したルーメンフィルスコア(RFS)とボディコンディションスコア(BCS)です。RFSはルーメン窩の形で容易に判断できますし、BCSは測定部位を基に痩せすぎ・太りすぎを判断できるだけでも十分活用できます(詳細は第3回をご覧ください)。
さらに牛は行動でサインを出します。【写真1】のような牛を見たことがありますか?ベッドに前肢2本だけ乗せて立っている状態、これをパーチング姿勢といいます。この姿勢を長時間すると後ろ足に負担がかかります。なぜ、この姿勢をしているか?すでに足が痛いからです。密飼いになり、飼槽の幅や飼槽の数が不足すると給餌後に競争が起こり、蹄と蹄がぶつかったり、踏んでしまったりすることで痛めてしまいます。その時に痛めた傷はすぐには表に出ず、8~12週間後に病変となって現れます。つまり泌乳最盛期に足の痛みがピークになり、エサを食べに行くことができないためにさらなる疾病の罹患や乳量低下、空胎日数延長につながります。また、分娩1~2週間前の起立行動が長い牛は分娩後のケトーシスを発症しやすいという報告があります。なぜ、立ちっぱなしなのか?主な理由は一度寝ると起きるのが大変、つまり足が痛いということです。したがって、乾乳期(特に乾乳後期)の牛の立ち方や長さは健康観察の重要なポイントになります。

写真1.パ―チング姿勢の牛

写真1.パ―チング姿勢の牛

少し話が逸れますが、【写真2】のように変わった姿勢の牛を見たことがありますか?犬のように座っており、その名の通り「犬座姿勢」です。犬のようでかわいく見えますが、牛にとってはベッドの不具合を訴えているサインです。その牛にとって頭の突き出しスペースが不十分な場合やネックレールの位置や高さが不適切な場合にみられます。こういう牛を見た時は、牛床を直してあげてください。
牛のサインに気づくことが飼育管理の成功につながると筆者は考えます。

写真2.犬座姿勢の牛

写真2.犬座姿勢の牛