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「土・草・牛」を考える

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No2「酪農家のための牛づくり講座」
泌乳と栄養管理 -乳成分でわかる栄養状態 -

帯広畜産大学 准教授川島千帆

反芻動物である乳牛は、私たちと大きく異なる消化の仕組みを持ち、私たちが栄養として使えない植物の繊維等を利用できます。その役目を担っているのがルーメンとそこに棲んでいる微生物です。そして、栄養状態は乳量だけでなく乳成分にも反映されます。今回は、乳牛の基本的な情報を踏まえて、微生物も含めたルーメンの機能と乳成分から乳牛の栄養状態を把握するポイントについて解説します。

乳牛はどのくらい食べる?どのくらい反芻する?

みなさんは、毎日多くの時間、牛に接していると思います。その時、どんな行動をしていますか?エサをやるとだいたいの牛が食べに来る、休んでいるときはモグモグ反芻している、そんな行動を想像できると思います。一般的な泌乳初期の乳牛(体重700kg・日乳量45kg)の場合、1日に食べるエサは原物で約60kg、飲水量は約100Lです。これらを摂取するためには1日の約1/3を採食、1/3を反芻に充てる必要があります。余談ですが、Eテレの朝の番組で時々流れている“うしうしソング”をご存じでしょうか?筆者はこの歌の一部に関わらせていただきました。その歌詞の中に「モグモグ1日5万回」というフレーズがあります。一般的なエサを与えられていた場合、採食と反芻の咀嚼回数を合わせると約5万回になります。この行動をストレスなく満たすことが牛の健康につながります。

ルーメンと微生物の働き

私たちが栄養として使えない植物の繊維等を牛が利用するためにはルーメン内の微生物の力が必須です。ルーメン内微生物は、エサを分解することで自分の栄養にして増殖します。そして牛は、微生物が分解したときにできたものや微生物自体を栄養にしています。そのため、牛の栄養を考えるにはルーメン内微生物のことを知る必要があります。
ご存知の方も多いと思いますが、ここでルーメンについて簡単におさらいします。

  • 4つある胃のうち一番目の胃
  • 容積は100~200L
  • 温度は39~41℃、pH6~7
  • 9割が水分
  • 上からガス層・固層(ルーメンマット)・液層の3層でできている
  • 消化酵素は出さない
  • ルーメン内は嫌気的で、微生物の消化作用=発酵で、牛に有用な栄養源を産生している

ルーメン微生物には、エサの主要な成分全般を分解できるものや、それぞれの成分(繊維、糖やデンプン、タンパク質)の分解に特化したものがおり、活動しやすい環境(pH)は少し異なります。主要な成分全般を分解できる微生物に合ったpHは5.5~7.0、繊維の分解が得意な微生物はpH6.5~7.0、糖やデンプンの分解が得意な微生物はpH5.5~7.0です。繊維の分解が得意な微生物に合ったpHの範囲が最も狭いので、これに合わせることが重要です。
しかし、濃厚飼料の多給やバランスの悪い給与は、糖やデンプンの分解が得意な微生物の働きでルーメン内のpH低下を引き起こします。pHが低下すると繊維の分解が得意な微生物の活動が低下する上に、低いpH環境で活発になる乳酸菌が増殖して、さらにpHを下げます。そして、乳脂率低下・食欲不振・下痢や軟便の症状を示すルーメンアシドーシスになります。しかし、多くの牛は濃厚飼料が大好きです。濃厚飼料を選び食いできる給餌をすると食べられるだけ食べて、その後調子を悪くします。ですので、飼育者が濃厚飼料の給与量だけでなく選び食いできない給餌をすることを心がけて管理することが重要です。

乳成分で栄養状態を把握するポイント

乳成分の原料はルーメンで作られると言っても過言ではありません。そのため、ルーメン内の発酵がうまくいっているのか?栄養バランスは適切なのか?を乳成分から判断することができます。

①乳脂肪率

乳脂肪の原料は、繊維の分解が得意な微生物が作る「酢酸」です。乳脂肪率が高い牛乳を出す牛は、繊維をしっかり利用できているといえます。しかし、高すぎる場合は問題です。図1に適切にエサを摂取できている牛とできていない牛の模式図を示します。エサを十分に摂取できている牛の乳脂肪の原料はエサの繊維分です(図1左)。一方、摂取できていない牛は、自分の体脂肪を使って不足したエネルギーを補います。そして体脂肪の利用が多すぎると乳脂肪率が5.0%を超えます(図1右)。さらにこの場合の乳脂肪は、人には消化しにくい質の悪いものです。この状態は分娩後、まだ十分にエサを食べられないが、乳量が多いという牛に多くみられます。

図1.適切にエサを摂取できている牛とできていない牛の乳脂肪合成

写真 【適切にエサが食えている場合】(左)、【採食不足で体脂肪動員大の場合】(右)

②乳タンパク質率

乳タンパク質の原料は「ルーメン内微生物」です。ルーメン内微生物そのものが小腸で消化・吸収されることで牛のタンパク源となり、乳タンパク質になります。そのため、乳タンパク質率の高さは、微生物がエサをしっかり分解して増殖できている証拠といえます。逆に低すぎる牛はエネルギー不足を疑います。図2に適切にエサを摂取できている牛とできていない(糖・デンプン不足)の牛の乳タンパク質合成の模式図を示しました。エネルギー不足時には、乳タンパク質の合成より生命維持のためのグルコース生成が優先され、ルーメン内微生物や飼料由来のタンパク質だけでなく、筋肉由来のタンパク質まで利用されます。その結果、乳タンパク質率は低くなります。乳タンパク質率が2.8%以下の場合は要注意です。

図2.適切にエサを摂取できている牛とできていない牛の乳タンパク質合成

図2 【適切にエサが食えている場合】(左)、不足(糖・デンプン不足)の場合】(右)

③乳糖率

乳糖の原料は、糖やデンプンの分解が得意な微生物が作る「プロピオン酸」です。乳糖は水を引っ張る力が強いので、乳糖が多いと乳量が多くなります。また、プロピオン酸はグルコースの原料でもあります。細胞内で作られた乳脂肪を乳中に出すにはグルコースが必要です。つまり、適正な乳量と乳脂肪率を保つにはグルコールが必要といえます。そのため、乳量と乳脂肪が低下した場合には飼料中の糖やデンプンの不足を疑います。

④MUN(乳中尿素態窒素)濃度

MUNの原料は、エサの糖・デンプン不足またはタンパク質給与の過剰のために利用されなかったアンモニアです。余分なアンモニアはルーメン壁から吸収され、肝臓で尿素になり尿や乳(=MUN)へ排泄されます。そのため、MUN濃度はルーメン内の糖・デンプンとタンパク質(特に分解されやすいタンパク質)のバランスを反映します。図3に乳タンパク質率とMUN濃度から判断する糖・デンプンとタンパク質のバランスの基準を示しました。放牧の場合は、この基準よりMUNは全体的にやや高めで、放牧していない場合は乳量や乳タンパク質率が低くなければMUNは基準より低めで問題ありません。ただし、MUNが5mg/dLまで低くなると飼料中のタンパク質不足の可能性があります。さらに乳量も低下している場合は、飼料中のタンパク質含量を見直す必要があります。

図3.乳タンパク質率とMUN濃度から判断する糖・デンプンとタンパク質のバランス

図3.乳タンパク質率とMUN濃度から判断する糖・デンプンとタンパク質のバランス