もうかる酪農その15~実践と理論のはざま~
乾乳にするリスク④ 泌乳ピーク時のケトーシスの発生
乾乳後期の穀類の給与量は、分娩後の乳量に大きな影響を及ぼします。ただ、粗飼料の栄養品質が悪いという前提で飼料を組み立てると、エサの栄養だけで支えられる乳量は40~45㎏にしかなりません。これが原因で、状況によっては通常では起こらないトラブルが生じることがあります。
4月中旬頃の話です。ある酪農生産者から「相談がある」と連絡が入りました。もうかる酪農その10「繁殖成績の改善に向けたある酪農生産者の取り組み」で紹介したお方です。
この時点で、繁殖成績は3年連続で380日以下の分娩間隔(空胎日数98日)を維持していました。常時72頭の搾乳牛で生乳生産量800トンが目前という状況でしたので、日常のトラブルが生じているはずがありません。「何の話だろう?規模拡大の相談でもあるのかな」という気楽な気分で尋ねたのです。
「お久しぶりですね。何かありました?」とご挨拶したところ、案に相違して「いやぁ、ちょっと大変な問題があってさ…」と深刻な表情です。
「最近、立て続けにヨンペン(第4胃変位)が出てさぁ、調子が悪いのさ。何か悪い病気でも入ったのかしら…」とのこと。
こちらこそビックリです。そんなことが起きるはずはありません。個体乳量を求めて、濃厚飼料の比率をむやみに高めるという飼料の組み立てはせず、日常管理と繁殖成績の改善で出荷乳量を増やすという方式を取っていたため、濃厚飼料の過剰給与で起きるトラブルはほぼ100%起こらないはずです。
①分娩直後の低カルはあったか、②後産は落ちたか、③分娩3日後の食滞はあったか、④分娩後10日頃にケトーシスになったかーという4つの質問をしたのですが、いずれも「ない!」ということです。
だったら、まことに不思議な現象です。この4つがクリアできていれば、乾乳管理としては問題がないのですから。
「ところで、ヨンペンが起きるのは、分娩してから何日目ぐらい?」。もしかしてと聞いてみたところ、「みんな、ちょうど2カ月目ぐらいなのさ…」という回答です。これで疑問が氷解しました。
乾乳後の穀類給与が原因
「じゃ、分娩前には結構、乳房が張ってただろう」
「そう、今までにないくらい張ってた。それでさぁ、生んだ時のトラブルもなかったし、後産もすぐに落ちた。乳量も今までと比較にならないほど多くてさ、分娩後に搾り切った時にはバケットが溢れるくらいになってさ。乳検でも60kg以上出るんだ。今年はすごいことになるぞって期待してた矢先に、そういう乳牛に限ってヨンペンになるんだもの。ガッカリさぁ」「乾乳のときに、ナンカヤッタロウ?」と私。
「えっ、そんなことないよ。今まで通りさ」と彼。
「いや、やったはず。じゃなけりゃ、そんなことにならないよ」
「じつは…」と話し始めた時、少し慌てたような表情をしていました。
「今年、正月過ぎてから寒かったじゃない。毛もバサバサしていてかわいそうになった。だから、毛艶が良くなるように、ちょっと圧ペントウモロコシを足したんだ。それが原因?」
「それだけが原因というわけではないんだけど…」
この現象を説明するのは、少しややこしいのです。まずは、前提条件から説明しなければなりません。
読者の皆さんにはもう一度「その10」を読み返していただきたいのですが、彼の牧場の最大の「生産制限要因(出荷乳量の増加を阻む要因)」は、牧草の栄養品質が低いことです。
こうした条件の中、個体乳量をエサで引き上げようとすると、一頭あたり15kg前後の濃厚飼料を給与しなければならなくなります。つまり、濃厚飼料多給型の給与体系とならざるを得ません。この場合、よほど管理を徹底しなければ、トラブルが多発するというデメリットの方が勝ってしまいます。
そこで、「コマイことが苦手」という彼が取った作戦が「濃厚飼料の給与量を制限して、食べにくいエサを何回も押すこと」で採食量を引き上げるというものです。出荷乳量は、「分娩間隔を短縮する」ことで増産を図ります。
このように、彼の牧場は栄養品質が並以下の牧草サイレージしかありませんでしたが、こうした前提で飼料を組み立てると、エサの栄養(濃厚飼料12~13kg)で支えられる泌乳量は最大でも40~45kg位までです。足りない分は、乳牛が体に蓄積していた栄養を動員(代謝)して不足分を補うことになります。つまり、想定していた以上に泌乳量が多い乳牛は、「ケトーシス→第4胃変位」に陥ることになるのです。
個体乳量か乳牛の健康か
「だからさぁ、乾乳牛にちょっとだけ圧ペンを足したといっても、1頭あたり1kgぐらいにはなったでしょう?」とカマをかけてみました。
「うん。2kg以下だったと思う…」と案の定の回答。2回給与なのだから、増やすとしても2kg以上はやっていたはずです。
「分娩直後の乳量は、乾乳後期に給与している穀類の総量が影響するんだ。それで、分娩前に乳房が今まで以上に張ったわけさ。それはそれでよいのだけれど、乳牛の生理的なピーク乳量は分娩1週間後の乳量の約1.2~1.3倍になるんだ。分娩後に搾り切った時にバケットから溢れるくらい生乳が出たとすれば、2カ月後のピーク乳量が60kgになっても当たり前なんだよね。それはそれでよいことなんだけれど、エサで支えられる乳量は40kg前後しかない。繁殖成績を維持するためには、搾乳牛にやっているTMRの濃厚飼料比率を今より上げて、14~15kgにしなくちゃならないんだ。どうする?」。
泌乳ピークでトラブルが発生した原因
※今回のケースの場合は、分娩後60日前後のエネルギー不足が大きくなり過ぎた。
この話を少し噛み砕いて、聞いてもらいました。
勘のよい彼は「じゃあ、乾乳牛にやっているエサを減らすか、TMRに混ぜている濃厚飼料の分量を増やすかのどっちかということだね」と反応します。
「どっちでもいいんだよ。考え方一つだから。経営者としての判断次第」
「じゃあ、乾乳牛にやっていた圧ペンを元に戻す」。彼がこの決断を下すのに1分もかかりませんでした。「個体乳量を最大にすることが、農場全体の最大利益につながるとは限らないからな。リスクが多いやり方はオレには向かない」とのことでした。
ものごとの始まりは乾乳
この事例は、いくつかの重要なことを教えてくれています。多くの人は「分娩してからの栄養供給」で産乳量を増加しようとしていますが、このやり方には限界があると考えています。
前提条件の整わない中で、濃厚飼料の多給で個体乳量の向上を図ると、必ず周産期病のリスクと繁殖成績の悪化という問題が付きまとうからです。リスクを最小限に抑え込んで生産性を向上するためには、「前提条件である乾乳期間をどのように飼養するか」が重要になります。
前段でも述べているように、①分娩直後の低カルがないこと、②後産停滞が生じていないこと、③分娩3日後に食滞を伴うトラブルがないこと、④分娩後10日後にケトーシスが発生しないこと―の4点をクリアできれば、どのような飼い方であってもよいと考えています。
その上で個体乳量を追及するのであれば、乳牛の生理的な条件を整える必要があります。
個体乳量を引き上げるための条件
脳下垂体から分泌される泌乳ホルモン(プロラクティン)の量
- 遺伝的改良
- 光周期(分娩後日長が長くなると分泌量が増加する、分娩前日長が短いと分泌量が増加する)
- 乾乳期間を45日以上確保する (乳腺上皮細胞数の増加と分泌性細胞の比率増加)
- 分娩後3週間の搾乳回数
分娩直後の泌乳牛の乾物摂取量
- 乾乳後期と産褥期の飼養管理
分娩後の泌乳牛への栄養供給量
- 分娩後のエネルギー不足を補うための乾乳牛のBCS
- 栄養濃度を上げることによる栄養の充足
- バイパス栄養源の補足給与
今回の事例では、畜主が意図せずに生理的な条件が整ってしまいました。この状態を維持して個体乳量を引き上げ、牛群の生産性を上げるかどうかは生産者の経営方針次第です。
乾乳のお話の最初に「ものごとの始まりが『乾乳』です」というサブタイトルを冠したのは、これが理由です。これをご覧になっている酪農生産者の方々は、乾乳牛の状況と分娩後の搾乳牛の飼養管理の双方を考慮しながら、牛群全体をどのように扱うか、単発の理論ではなく一連の流れとして把握する必要があります。その上で、現状に適した手法を作り上げなければ、現場の悩みは深くなるばかりなのです。