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もうかる酪農その19~実践と理論のはざま~

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ホクレン帯広支所畜産生産課 主任推進役五十嵐 弘昭

飼料の組み立て方の基本④
自給飼料主体にした高収益農家の飼料組み立て その3

トウモロコシサイレージだけで乳牛を飼えるのか?

酪農大国のフランスでは、トウモロコシサイレージ多給型の飼料設計が一般的です。今回は牧草からコーン主体へと切り替えたことで、産乳成績を維持しながら大幅なコスト削減に結び付けた事例を紹介します。

今から20数年前のことです。当時は私も40歳手前で、いろいろと自信満々の勘違い野郎の一人でした。
「ちょっと話を聞きたい」と言う酪農生産者がいるので、足を運んでもらえないかとの依頼がホクレン担当者からありました。
「何の話?」と聞いても、「とにかく来てください」と言うだけで、その内容には触れません。通常、まず事務所で打ち合せをしてから現場に向かうのですが、この時は現地集合、現地解散にしてくれと言うので、何やら怪しい雰囲気が漂います。
牧場に到着し、出迎えてくれたのは、私より6歳年上の酪農生産者です。表情はちょっと硬めで、ボソッとした声で「まあ、上がれや…」との一言。居間に通され、「ちょっと待ってくれ…」と言い、わざわざ豆を挽いてコーヒーを淹れてくれるではありませんか。
その間、無言の時間が流れます。何か変だ…。行動と雰囲気の間に大きな違和感があります。きれいに整頓された居間のテーブルで、淹れたてのコーヒーをいただくと、彼から「おい、本当にトウモロコシサイレージだけで牛が飼えるのか?」と切り出されました。
「えっ、できることはできるけど、何でそんなこと聞くの?」
「あの記事を書いていたのがアンタだって言われたんで、直接、本人に詳しい話を聞きたいと思ってさ…」
「あの記事」というのは、平成2年(1990年)にDairy Japan1~12月号でフランス酪農を紹介した連載記事のことです。当時はNRC(米国学術研究会議)飼養標準の89年版が発表され、日本語版も出版された年で、「米国最新技術情報」が幅を利かせていた頃です。
記事ではトウモロコシサイレージを多給する実態を取り上げたものの、「へー、そんなこともあるんだ…」という反応が一般的でした。連載終了後、3年を経てからこんな反応があるとは、書いた本人がビックリです。
「実はさあ」と続く彼の話を要約すると、次のようになります。
50の坂を超える直前になり、身体の自由がきかなくなったと実感するようになった。この先も、今まで通りやっていくことは難しく、3年前に掲載された「フランス酪農」の紹介記事に思い至ったとのことでした。
「この辺だったら、牧草よりトウモロコシの方が収量は高いし、サイロも2本開けなくても良いし…。何か特別なことをしなくても良いなら、『ラク』だろう?」
一杯のコーヒーをいただいているうちに表情も言葉も打ち解けてはきているのですが、目だけは「マジ」です。「無責任な対応だったら無事には返さないぞ」と、その視線が語っています。
私は「とりあえず、牛を見せてよ」と言い、一旦答えを保留して牛舎にお邪魔することにしました。実践に当たって自信がないわけではなかったのですが、私の勤務地から牧場まで、かなりの距離があります。片路6時間では「何かあったらすぐ来るから」というわけにはいきません。問題に対処するためのノウハウはすべて伝えておかなければ、自分の通常業務に支障をきたしてしまいます。ただ、私が持っているもののほとんどは、理屈ではなく経験則に基づくものだったので、うまく伝わるかどうかが不安でした。
しかし、2人で牛舎を一回りしてみると、「いやぁ、これだったら…。先入観を取ってもらったら、割と簡単にできる」と確信しました。
何せ、敷料の香りが漂う牛舎環境だったのだから、そのほかの状況や乳牛管理に関しては「推して知るべし」というものです。若い頃は共進会で「ブイブイ」言わせていたとのことなので、牛を見る目も確かです。

コーン主体で飼料設計

粗飼料主体でエサを組み立てるポイントは、粗飼料を飽食させた時、どの程度の乾物摂取量が見込めるかを予測することです。イネ科牧草の場合は、体重・乳量とNDFで計算を行うと、実際の乾物摂取量との間にかなりの差が生じてしまいます。一方、トウモロコシサイレージについてはNDFの割合より、サイレージの乾物率の方が摂取量に大きな影響を与えます。
フランスの基準では、体重600kgで4%補正乳量が25kgの場合、適正な乾物摂取量は13kgと設定されています。体重650kgで同じ乳量ならば、15kg程度必要になるでしょう。
彼の乳牛は大きめだったため、体重650kgで乾物は15kg程度、現物に換算すると50kgが目安になります。搾乳牛頭数は48頭でしたので、1日の総摂取量は現物で2.4トン。飽食にする上で給与ロスが5%発生すると考えれば、2.5トン必要となります。相談した時点でのトウモロコシサイレージの在庫は500トンだったので、給与可能な日数は200日、約半年でなくなる計算でした。
彼は「とにかく、やってみなけりゃ来年どれだけ作ったらいいのかも分からない。なくなったらなくなったで、牧草サイレージでやればいいだけの話さ…」と言い、見切り発車でトウモロコシサイレージ主体へと転換を図りました。
しかしながら、半年後に粗飼料の切り替えがあるのは確実です。手計算による簡易なエサの設計方法も伝えておく必要がありました。

表.分離給与における飼料の組み立て(基本アウトライン)

  1. 粗飼料を飽食にする(20時間以上採食可能状態を保つ)
  2. 飽食状態の粗飼料乾物摂取量から獲得できるエネルギー量とタンパク質を計算する
  3. 上記から維持量を差引、余剰量と産乳可能量を推定する

    ※維持量:600kg(TDN:4.24kg、CP:406g)、体重650kg(TDN:4.51kg、CP:428g)
    ※4%FCN 1kgの要求量:TDN:0.322kg、CP:90g

  4. 粗飼料からのエネルギー推定乳量とタンパク推定乳量の差を単味飼料で補正する

    ※タンパク補正(エネルギー>タンパク):大豆粕1kgで乳量差2.5kg
    ※エネルギー補正(エネルギー<タンパク):圧片トウモロコシ1kgで乳量差1.5kgの補正

  5. 粗飼料のエネルギーからの推定乳量の水準によって配合飼料のトップドレスの量を決定する
    乳量水準
    TDN 74~76%の配合飼料の給与量
    5kg以下(劣)
    CP16%を乳量2.2kgに対して1kgの増給
    5~10kg(並)
    CP18%を乳量2.4kgに対して1kgの増給
    10~15kg(良)
    CP20%を乳量2.8kgに対して1kgの増給
    15kg以上(特良)
    CP22%を乳量3.0kgに対して1kgの増給
  6. カルシウムは食滞が生じたら増給する
  7. 乳配のTDNレベルは繁殖成績が悪化したら増加する

ごくごく単純な手法で、電卓と紙と鉛筆があればどなたでも簡単に計算が可能です。微調整は、牛群の観察と糞の状況を見ながら行います。
彼の場合、乳牛が大きめだったので、体重650kgで表の手順通りに計算を行います。トウモロコシサイレージの飽食による摂取エネルギーからの推定乳量は18kgで、大豆粕を2.4kg加えると産乳量は24~25kgとなり、エネルギーとタンパクのバランスが取れることになります。
配合飼料のトップドレスについては、産乳量25kg以上の乳牛に対し、乳量3kgにつき1kgずつ増給します。1日1頭当たり1kgの配合飼料を給与するのは実際的ではありませんので、朝晩2回に1kgずつ、合計2kg給与するのが最低ラインです。乳量30kgの乳牛の場合は、大豆粕2.5kgを3回に分けて給与するとともに、配合飼料2kgを増給します。
配合飼料の給与量の上限は8~9kgとします。トウモロコシサイレージの摂取量を低下させないことが目的で、ルーメンアシドーシスを防ぐためにも必要です。給与上限の見極めに当たっては、未消化子実が糞中に混入するかどうかがポイントとなります。糞中に未消化子実が見え始めたら「そろそろ配合飼料の給与限度かなぁ」と考えて下さい。
彼の牧場ではこうした取り組みの結果、牛群の産乳成績を維持しながら、購入飼料が激減することになったのです。

コーン主体でもトラブルなし

相談者はトウモロコシサイレージ主体の飼料設計へと切り替えたことをきっかけに、「乾草は必要ないかなぁ…?」という疑問が生じたようです。
若干無責任だったかもしれませんが、私は「敷料に麦稈を敷いているんだから、必要ないんじゃないか?長いもんが必要だったら、麦稈を食べると思うよ」と答えました。
しかし、彼は「今まで乾草なしでやったことがないんで、『怖い』…」と不安そうです。
「乾草をやっても大して食わないよ。無理して食わせようとしたら、当初の目的だった『ラクして…』ができなくなるじゃない…」
「でもなぁ…」
結局、妥協案として寝る前に1kg程度給与することになりました。乾草給与は「人間のための精神安定剤」かもしれないなぁ。
それにしても、さすがにベテランの酪農生産者は違いますね。トウモロコシサイレージ多給型の飼養管理に方向転換してから、大きな問題が起きたことはありません。
これまで、飼料設計に細かい調整が必要になったことはあります。トウモロコシから牧草への切り替えで、乳量・乳成分が大きく変わった時もそうでしたし、冷夏の影響で未熟なトウモロコシしかできなかった際は、配合飼料のメニュー変更・増給も行いました。厳冬期には、乾草の給与量を増やした方が乳牛の調子が良かったこともあります。
しかし、基本的なやり方は変わらないままで、私と相談者は年に一、二度、顔を合わせて一緒に牛群の状態を確認するだけです。それで別段大きなトラブルが発生することもなく、14~15年が過ぎております。
彼は「いやぁ、さすがに乳量が60kgもあると発情は来ないなぁ…」くらいの悩みは口にしましたが、私にしてみれば「そりゃあ、当たり前だよなぁ…」ということになります。
だって、このやり方で個体乳量8500kgから1万2000kgの牛群に作り変えることが最初からの目的ではなかったのですから…。でも、1万1000kgには到達しました。