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もうかる酪農その17~実践と理論のはざま~

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ホクレン帯広支所畜産生産課 主任推進役五十嵐 弘昭

飼料の組み立て方の基本②
自給飼料主体にした高収益農家の飼料組み立て その1

飼料の切断長は、乳牛の採食量や個体乳量に大きな影響を与えます。サイレージを調製する上でも、二次発酵などによるロスの発生を防ぎ、酪農経営にとって非常に大きなメリットがあります。

今から11年ほど前のこと、とある酪農生産者の話です。彼とは20年以上前に知り合いましたが、酪農に数年間のブランクがありました。若いホクレンの推進員を通じて、相談事があるとのことです。
「実は、規模拡大をする予定があるんだ。でも、どう考えても牧草だけでは粗飼料が足りない。そこで、トウモロコシを再開してみたいんだ」と言います。
彼は、以前はトウモロコシを作っていたのですが、熊の食害に悩まされ続けたため、トウモロコシの作付を中断していたのです。
それを知っていた私が「大丈夫かい?」と聞いてみたところ、「(クマは)全部は食わんでしょ。こっちも背に腹はかえられないしな…」とのお答えでした。そこで私は、若手ホクレン職員が想定していた給与量から逆算し、栽培面積や施肥量などを算出するお手伝いをしました。ここまでは良かったのですが、その年の収穫時期になると、「トウモロコシサイレージの作り方を忘れちゃった」と言われました。
「どうしたらいいんだっけ?」
今更のような気もしたのですが、彼は「トウモロコシを作るのに牧草畑を潰したから、牧草の量が足りない。失敗するわけにはいかないんだ」と言い、こちらが考えるより深刻な状況に置かれていたのです。
ただでさえ不足気味の粗飼料を捨てるわけにはいかない。サイレージ調製でロスをできるだけ防ぎたい。そういう気持ちがありありと伝わってきます。
「じゃあ、やってみてほしいことがあるんだ。何年か前に長野県の上伊那地区で見たサイレージがすごかった。フランスで見てきたトウモロコシサイレージとそっくりだったんだよね。これと同じように作ってみない?」
私がそう持ちかけると、彼は「やってみる」と即答しました。
私の提案は至極シンプルなもので、①ハーベスターの設定切断長を4mmにする、②収穫時期を黄熟中期まで置く、③詰め込み作業はユンボを使わず、ホイールローダで行う―の3点です。
彼の脳裏を「切断長がそんなに短くて大丈夫か?」との心配がよぎったことは間違いありません。「もし、短すぎてヨンペン(第4胃変位)になるのなら、フランスでも上伊那でも大問題になっているはずなのに、そんな話は伝わってこない。オレは大丈夫だと思う」という私の話に半信半疑の彼でしたが、ロスの低減という魅力には勝てなかったようです。
彼の農場では収穫をコントラクターではなく、自分の機械で行っていたため、他人の意見が入り込む隙がなかったのが幸運だったかもしれません。私の提案はすんなりと実行していただけました。

飼養標準の意味

トウモロコシの収穫後、彼は「びっくりした、バンカーに2割余計に入った」と驚いたように言いました。しかし、これは若干オーバーな表現で、実際には15%増しといったところでしょうか。
表面はカチカチで、指の先が入らないほど硬く、もちろん、カビの発生もありません。彼が最も恐れていた夏季の二次発酵によるロスも皆無の状態です。短く切断すると、硬く熟した子実が真っ二つに切断され、バンカーの表面を盛り上げることが物理的に不可能になります。いわゆる、バンカー上のスタックサイロもなくなります。
次の年の牧草収穫でも「どうしたらいい?」と相談されたので、私は設定切断長を6mmにしてほしいと提案しました。彼が「そんなに長くていいのか?」と聞いてきたことには驚きました。この時点で、彼が給与する粗飼料はすべて10mm以下の状態になったわけです。具体的な給与内容は〈表1〉の通りとなっています。

表1 TMRの給与内容と産乳成績

TMRの給与内容と産乳成績

粗飼料の品質と産乳量の変化

給与方法の特徴

彼の牛群の特長は、繁殖成績が抜群に良好なことで、妊娠鑑定では妊娠率95%以上を維持していました。日常管理での発情発見率が高く、乳牛の状態を判断した上で適正な授精を実施しているためです。この結果、分娩間隔は400日前後となり、平均搾乳日数(DIM)は170日前後、搾乳牛1頭あたりの産乳量は32kgに達していました。
それでは、粗飼料の切断長を短くした結果、彼の牛群にどのような変化が生じたでしょうか。
まず、粗飼料の摂取量が3kg以上増加しました。その分、濃厚飼料の給与割合を減らすことができましたが、牛群の平均乳量は2kg程度伸びました。乳成分は、乳脂肪分がわずかに下がったのですが、乳タンパク質と無脂乳固形分が増加。結果として、経営上の利益は大幅に拡大することになりました。特に、暑熱時の変化が顕著で、乳量や繁殖成績の低下はほとんどありませんでした。
「ここまで短いと、飼槽でTMRが熱を持たないし、選び食いもできないね」というのが彼と私の感想です。
つまり、ドカ食いも選び食いも起きないというわけです。

給与の工夫が必要

粗飼料の自由乾物摂取量は、飼料の通過速度(Kp値)と飼料の消化速度(Kd値)で決まります。今回の手法は、粗飼料を短く切断することで飼料の通過速度を上げました。「ルーメンマットは形成されるのか?」という疑問があるかもしれませんが、それについては「従来のやり方を踏襲していると難しい」とお答えします。次のような給与上の工夫が、多少なりとも必要になります。

①飼槽のエサを切らさない

飼槽にエサがない状態を、極力なくさなければなりません。エサが乳牛の腹に滞留している時間が短くなるため、採食量は増えます。それをカバーするには、常時エサが飼槽に置かれており、乳牛が好きな時に採食できる環境が求められます。いわゆる「飽食」の状況を作らなくてはいけません。
飽食の定義は「1日24時間の中で、飼槽を4時間以上、空にしてはならない」ことです。搾乳時間もこの時間に含まれるため、乳牛が牛舎にいる間、飼槽が1時間以上でも空になると、「飽食」ではなくなります。

②濃厚飼料の給与比率を上げない

ビートパルプを含む濃厚飼料の給与比率を増やすと、飼料の通過速度が上がってしまいます。これを、粗飼料と濃厚飼料の結合効果と呼びます。粗飼料を短く切断した場合は、濃厚飼料の給与比率を積極的に下げなくてはいけません。
どこまで減らすかは、トウモロコシサイレージと牧草サイレージの栄養品質にもよるため、一概には言えません。しかし、濃厚飼料の割合は50%以下にする必要があるでしょう。
今回、話に出てきた牧場は試行錯誤の結果、40%が適正な割合と分かりました。1頭当たりの給与量は、ニューリード20マッシュ7kgを中心に、ビートパルプや混合タンパクミックス、圧ペントウモロコシの3種類を合計4kg、乳牛の状態を見ながら、配分を変えるという手法を取っています。

短い切断長の問題点

ルーメンマットの形成は、ルーメンを通過する粗飼料の物理性と関係します。
平成13年の研究によると、ルーメンを通過する粗飼料の粒子サイズは、イネ科牧草とアルファルファで大きく異なります。

各種粗飼料摂取牛糞の粒度分布

各種粗飼料摂取牛糞の粒度分布

粗飼料の反芻胃通過の平均粒子サイズ

粗飼料の反芻胃通過の平均粒子サイズ

注:ALH=アルファルファ乾草、ALS=アルファルファサイレージ、OGH=オーチャードグラス乾草、CS=トウモロコシサイレージ、P=ペレニアルライグラス

アルファルファは粒子サイズが大きくてもルーメンを通過する可能性が高いので、物理性(長さ)を大きくしなくてはなりません。一方、イネ科牧草がルーメンを通過する粒子サイズは、アルファルファの3分の1です。このため、物理性が小さくてもルーメンの滞留時間は損なわれません。

反芻胃における摂取飼料の成分組成(DM中%)の変化

反芻胃における摂取飼料の成分組成(DM中%)の変化

注1:ヘミセルロース=NDF-ADF、セルロース=ADF-ADL

注2:カッコ内は摂取飼料の成分含有率に対する比率

次の表は、サイレージの切断長や調製方法に応じた産乳量の変化などを取りまとめたものです。

サイレージの切断長・調製方法と産乳量の変化

サイレージの切断長・調製方法と産乳量の変化

(Faverdin 1985)

トウモロコシサイレージの切断長および乾草の切断と産乳成績

トウモロコシサイレージの切断長および乾草の切断と産乳成績

※P<0.05(有意差あり) (北海道立新得畜産試験場 1982)

ロールプロセッサを使用した一乳期の産乳試験

ロールプロセッサを使用した一乳期の産乳試験

注:TMR混合比
分娩~分娩後140日=トウモロコシサイレージ83:大豆かす17
分娩後141日~乾乳=トウモロコシサイレージ87:大豆かす13
(北海道立畜産試験場 2006)

イネ科牧草サイレージの調製方法による産乳性の違い

イネ科牧草サイレージの調製方法による産乳性の違い

(中川健作 1991)

このほかの試験も多数ありますが、イネ科牧草は常識の範囲内で切断長を短く設定し、飼料を組み立てた場合、産乳量と乳成分の観点から、経営的に不利になることはないでしょう。トラブルが頻発するとの報告も出ていません。
では、短い切断長のサイレージに弱点はないのでしょうか。実験結果としてまとめられているものはありませんが、実際の給与面では、いくつかの問題が生じています。これは、世間一般的に信じられていることとは少し異なるものです。
まず第一に、濃厚飼料多給型の飼料設計には耐えられません。これは、私が相談にのった牧場でも発生した問題です。パソコンの飼料設計プログラムを使い、単純な数字合わせで飼料を組み立ててしまうと、分娩事故(周産期病)が多発することになります。
第二に、寒冷ストレス下にあった場合は、問題が生じやすくなります。寒冷ストレスが大きくなると、通過速度が自動的に上がるためで、飼料全体の消化率が過度に低下してしまいます。エネルギー不足で産乳量が低下するばかりでなく、繁殖成績が悪化する危険性が高まります(寒冷ストレスについては、また別の機会にご説明いたします)。
今回、事例紹介した牧場のTMRをビニール袋に入れて、他の地域の酪農生産者に見せたことがあります。
「これ、どう思う?」と聞くと、大方の反応は「何これ、このほかに乾草かラップを給与してるんだろう?」というものでした。
「実は敷料も使っていないんだ」
「大丈夫かい牛は?」
こうしたやり取りがあったことを彼に聞かると、「まあ、そうだろうな。実際にやってみないと分からないよ。オレだって、やる前は半信半疑だったしね」と言いました。
「じゃあ、なぜやったのさ?」
「いろいろやってみなくちゃ、前に進めないだろ。これまで通りのことをやっていても、今以上の結果にはならないんだからさ」と彼はニヤリと笑いました。
彼の「腹が据わった」としか表現のしようがない「覚悟」を感じた瞬間でした。