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生産性・品質向上にチャレンジ No5

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2009年に北海道乳質改善大賞を受賞した釧路管内阿寒町の木村達男さん(74歳)。「牛の気持ちになって考えることで多くの問題は解決する」と約50年の牛飼い人生を振り返り、しみじみと語る。今回は、良質乳生産で健全経営の基盤を築いた木村さんの酪農哲学に耳を傾けてみよう。

良質乳を生産するのは酪農家の使命

釧路管内阿寒町 木村牧場 木村達男さん

木村さんが実家の酪農経営に就農したのは1967年のことだ。標茶農業高校を卒業後、輸入トラクター販売会社で農家回りをする中で、「自分でも牛飼いをしてみたい」という気持ちが高まっていったという。当時、兄の故孝次郎さんが実家の酪農を担っていたが、その相談相手として牧場に戻った形だ。
75年には分場として使っていた現在地で、兄とは別の酪農経営を本格的にスタートさせる。「67年に手造りで建てた25頭牛舎はあったが、新規就農者と同じような状態だった」と厳しかった経営・生活環境を述懐する木村さん。そして「農業構造改善事業で酪農振興の指定を受けた阿寒町は、当時から良質乳生産には熱心だった」と強調した。

「牛の気持ちになって考えることで多くの問題は解決する」と強調する木村さん。牛舎の牛たちものんびりと寝そべっている牛が多かった

「牛の気持ちになって考えることで多くの問題は解決する」と強調する木村さん。牛舎の牛たちものんびりと寝そべっている牛が多かった

1967年に手造りで建てた25頭牛舎を増改築して使用している(現在は50頭規模)

1967年に手造りで建てた25頭牛舎を増改築して使用している(現在は50頭規模)

「ミルカーは、50年間更新はしたことがない」と言う。それだけ整備・点検が行き届いている証だろう。

「ミルカーは、50年間更新はしたことがない」と言う。それだけ整備・点検が行き届いている証だろう。

牛乳処理室もしっかりと整理・整頓されていた

牛乳処理室もしっかりと整理・整頓されていた

木村さんは良質な生乳を生産するために、健康な牛づくりに取り組む。当時は頭数規模に比較して草地面積が少なかった(草地10ha、経産牛25頭)ため、輪換放牧を導入して栄養価の高い草(餌)を確保。ふん尿は堆肥化して土に戻すなど循環型酪農を実践した。こうした乳牛の特性を活かした酪農に取り組む中で気付いたことがある。それは「乳牛にとって草と水は何よりも大切」だということだ。
木村さんの話に耳を傾けてみよう。「牛は1日平均100kgの水を飲む。それが牛乳になって戻ってくる。それなのに、何で牛の飲み水にもっと気を使わないのか。まず、ウオーターカップの水は毎日きれいにすること。また、牛の飲水温度は16℃が最適なんです。手を洗って冷たいと感じる水は、牛には適さない。放牧牛が畑のたまり水を飲むのは、それが適温だからです。牛は本来、自然の近い環境で飼うのが一番なんです」。
さらに、木村さんは続ける。「健康な牛は乳も出しますが、腹いっぱい餌を食います。そして、腹いっぱいになったらすぐに横になって寝ます。夜、いつまでも立っている牛は体に変調を来しているか、牛床が冷たいからです。靴下を脱いで、牛舎に1時間立ってごらんなさい。牛の気持ちがよく分かります。自分が体験して不快だと思うことは牛も不快なんですよ」と。
現在の経営内容は耕地面積50haに総頭数120頭(経産牛50頭)を飼養。1頭当たりの平均乳量1万kg、乳脂率3.9%、無脂固形分率9.0%、生菌数1000個、体細胞数5万個以下というハイレベルの経営を今も維持している。
「牛乳は酪農家にとって一つの商品です。おいしくて良質な生乳を生産するのは使命」と微笑む木村さん。「よつ葉に出荷している酪農家はみんな努力している。よつ葉の牛乳は世界最高だというのは、こうした酪農家たちの心意気があるからだよね」と言って胸を張った。

育成舎とパドック。初妊牛価格が高騰する中で、後継牛もしっかりと自家育成している

育成舎とパドック。初妊牛価格が高騰する中で、後継牛もしっかりと自家育成している

スラリータンク(容量500m3)も手造り。春と秋の年2回、畑に散布する

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「今後、国際化がますます進む中で、牧場をどう安定的に維持していくかが課題」と木村さん

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