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酪農の雇用対策 第4回

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釧路管内鶴居村の株式会社伊藤デイリーでは、3年前から外国人技能実習生を受け入れ、発展途上国への酪農作業の技術移転と人づくりに寄与している。牧場に外国人実習生を受け入れるメリットや配慮すべきポイントについて伊藤順一社長(66歳)に聞いた。

外国人技能実習生とともに歩む

株式会社 伊藤デイリー(釧路管内鶴居村)

家族経営から法人経営へ

伊藤デイリーの伊藤順一社長

伊藤デイリーの伊藤順一社長

現在、耕地面積230haに総頭数900頭(経産牛500頭)を飼養する株式会社伊藤デイリーの歴史は大正時代へとさかのぼる。大正8年に初代・伊藤由太郎さんが新潟県から鶴居村に入植。そして、昭和15年に3頭の乳牛を飼養したことが牛飼いの原点だ。それ以来、家族経営を基本とした酪農を長年続けてきたが、平成19年に大きな転換期が訪れる。

隣接する酪農法人から「経営を中止するので、100haほどの草地を利用しないか」との話を持ちかけられたのである。「これからは“休日が取れる酪農”でなければ持続しない」と感じていた伊藤社長はこの話を快諾。家族経営から法人経営への転換を決意する。

人手不足が悩みの種に

20年9月に3億5000万円を投じたフリーストール牛舎(330頭規模)とパラレルパーラー(18頭ダブル)のほか、バンカーサイロやスラリータンクなどの諸施設が完成。乳牛も導入して搾乳が始まったが、規模拡大と同時に大きな悩みの種となったのが雇用問題だった。
「最初は人材募集の方法すら分からなかった」と苦笑する伊藤社長だが、新聞に折り込み広告を出したり、ハローワークに求人を出したり、「できることは何でもやろう」と人手の確保に奔走。その結果、20年に2人、21年に2人、22年にも2人と着実に人材を確保した。ところが「入っては辞めるの繰り返し」で従業員が定着せず、脆弱な体制が数年間続いたという。そこで頭に浮かんだのが「外国人技能実習制度」の活用だ。「酪農の技術体験を通じ、母国での仕事や生活に活かしてほしい」との気持ちも強かった。所属する釧路丹頂農協でも同制度を導入しており、近隣でも既に受け入れを始める牧場も存在した。

牧場の入り口にある「株式会社 伊藤デイリー」の看板

牧場の入り口にある
「株式会社 伊藤デイリー」の看板

事務所の前庭には牧場の旗とともに、日本と外国人実習生の母国フィリピンの国旗を掲揚している

事務所の前庭には牧場の旗とともに、日本と外国人実習生の母国フィリピンの国旗を掲揚している

外国人実習生の雇用と印象

27年5月、試験的にフィリピン人女性1名を採用。28年5月には、さらに1名のフィリピン人女性を受け入れた(同農協ではフィリピンから外国人実習生を受け入れており、日本語や酪農の基礎知識に関して1カ月間の研修をしてから各農場に配属している)。
伊藤社長は、外国人実習生の印象について「最初は国が違うからどうなるかと思っていたが、日本人とそれほど変わらない。日本人ならば、明日から来ないということも起きるが、外国人実習生はそういうことはないね。子供を母国に置いて日本に勉強に来るのだから根性がある。ただ、陽気なフィリピンの国柄なのか、牛を怒っていても、大きな声を出すと萎縮してしまうね」と率直な感想を語る。
また、酪農作業に関しては「乳房を拭いたり、ミルカーを装着したり、牛の入れ替えなど単純な仕事から始めている。半年もすると作業にも慣れるので、実習生でも一人前に仕事をこなすよ。今後は哺育・育成の仕事も教えたいと思っていますよ」と期待を膨らませている。

外国人実習生の声

今年で3年目を迎えるジョワナ・エスピィルツさん(33歳)は「ここの牧場の人はみんな優しいのでとても働きやすい。自然がきれいで美しく、食べ物もおいしい。お給料もOKね」と明るい笑顔を浮かべた。また、今年で2年目のパメラ・ファティマ・ハダプさん(28歳)も「搾乳の仕事は楽しいし、やりがいがある。母国に帰ったら酪農の仕事もしたいけど、食べ物のお店も開きたいな」と将来の目標を語ってくれた。

伊藤デイリーで働く従業員たちが事務所に全集合

伊藤デイリーで働く従業員たちが
事務所に全集合

フィリピンからの外国人実習生。<br>左がジョワナさん 、右がパメラさん

フィリピンからの外国人実習生。
左がジョワナさん 、右がパメラさん

牧場側の配慮も必要

外国人実習生が住む単身の社宅。キッチン付きの8畳と寝室6畳のほか、風呂とトイレをそれぞ完備している

外国人実習生が住む単身の社宅。
キッチン付きの8畳と寝室6畳のほか、風呂とトイレをそれぞ完備している

彼女たちのように仕事・生活の両面で満足度が高く、外国人実習生が充実した毎日を送るには受け入れる側の牧場の配慮も必要となる。伊藤社長は「フィリピンから日本に来るのだから、彼女たちも不安でいっぱい。実習生なので勉強するのは当然ですが、だからこそ勉強しやすく、働きやすく、住みやすい環境を提供してあげたい」と語り、外国人実習生には単身用の社宅を用意するなど手厚い待遇をしている。
また、伊藤社長は「昔は外国人実習生を単なる労働力と考えていたので問題となっていた。

今は酪農家も制度のことを理解しているし、私も日本人の従業員を含めてみんなが“家族”だと思ってやっている。大企業ではないのだから、従業員や実習生の相談に乗り、お互いに知恵を出しながら課題を解決していく気配りも必要だと思うね」と強調する。
今年4月には丸3年を迎えるジェワナ・スピィルツさんが母国に帰るが、同時に新たに2~3人の外国人実習生をフィリピンから受け入れたい意向の伊藤社長。「私も高齢だし、今後は人を雇用して楽しみながら経営を回していきたい。そのためには、従業員や実習生みんなが気持ち良く仕事ができる環境を整えることが大切。それが私の仕事かな…」と優しいまなざしで実習生らを見つめていた。

酪農は悪い商売じゃない

道内でも酪農経営を中止する離農者が後を絶たないが、伊藤社長は「酪農はそんなに悪い商売じゃない。毎日バルククーラーに生乳を収めたら、最低価格が保証された上で、何の営業努力もなしに間違いなく現金収入が得られる」と指摘。その上で「動物相手なので365日休みがないことは課題だが、発想を変えると365日休みなく毎日現金収入が入る。こんな商売はほかにない。問題は、酪農の働き手不足。しかし、これは何も酪農に限ったことではない。そうした中で『酪農は生き物相手だから365日休みがない』では通用しない時代。次世代に経営のバトンを渡すとき、休みのない酪農ではバトンを受け取ってもらえない。だからこそ、『休日が取れる酪農』への転換が必要だと思ったし、従業員や実習生にも定着してもらえる働きやすい環境整備が必要なんです」と繰り返し強調した。

将来は年間出荷乳量6000tが目標

現在、伊藤デイリーでは伊藤社長と専務のほか、正職員10人、実習生2人、季節従業員1人、パート1人を雇用する。3回搾乳を実施しており、牛群の平均乳量は1万403kg、乳脂率4.05%、無脂固形分率8.64%、乳タンパク質率3.26%。「3回搾乳を継続する上でも人材は必要。人がいなければ2回搾乳に戻さなければいけないので正職員確保も大事」と語る伊藤社長は、最後に「将来は総頭数1000頭を飼養し、常時600頭搾乳で年間出荷乳量6000t(28年度現在3990t)にするのが目標。これからも従業員や実習生が働きやすい環境を整えるとともに、新しい仲間たちも積極的に探していきたい」と力強い口調で語ってくれた。

330頭規模のフリーストール牛舎。28年12月には2億円を投じて140頭規模のフリーストール+60頭規模のフリーバーン牛舎を増設した

330頭規模のフリーストール牛舎。28年12月には2億円を投じて140頭規模のフリーストール+60頭規模のフリーバーン牛舎を増設した

18頭ダブルのパラレルパーラー

18頭ダブルのパラレルパーラー

注)外国人研修・技能実習制度=主に発展途上国の人が、日本で働くことにより高い技術を身に付け、母国の発展を担う人を育てることを目的に創設。平成22年と29年に法改正が行われている。

株式会社 伊藤デイリーの経営概況